第74話皇帝は治療する
突然現れたリリに驚いて年甲斐もなくビクッとしてしまったが本人は先ほどまでとは別人のような追い詰められた表情をしており、そんな顔もできたのかと思った。
「なんだ。いよいよこの首を取りにでも来たか」
「そんなことどうでもいい!!」
鼓膜を破らんばかりの大声で叫ばれた。
どうやら本当に何かあったらしい。
「じゃあなんだ」
「お願い!マオちゃんを助けて…!!」
そうしてリリはその腕に抱えた少女を我に差し出してきた。
少女は苦しげな表情で、半ば意識を失っているようであり、危険な状態であるように見えた。
なるほど…これが我にとどめを刺さずにどこかに行った原因か。いやしかしなぜ我にそれを頼む?
「なぜ我なのだ。言っておくが治癒の魔法などは使えぬぞ」
「これ!」
リリが床に寝かせた少女の服をめくり腹をあらわにする。
少女の下腹部には複雑な紋様が浮かんでいた。
「ふむ…」
見たところ魔族の少女みたいだがどういう関係だ?リリの反応を見るに近しい関係であるとは思うが…それにこの症状は…。
「助けられる!?マオちゃん助かる!?」
「まぁ、この現象は我にも他人事ではないからな。対処法はわかるよ」
「ならお願い!マオちゃんを助けて!!」
リリの瞳から一滴…涙が流れた。
いや、人形から涙が流れるなどありえない。きっと見間違えか水滴がついていただけか…。
とにかくあまりにも必死なその様子に少女の様子を見る事にした。
「…一応確認だがこの娘…腹に子がいるな?」
「うん…」
娘の腹に手を置くと確かに、そこにいる存在を感じ取れた。
「原因はそれだな。かなり珍しいのだがこういう事がおこるのだよ」
「これなんなの…?」
「ふむ…まぁ簡単に言うと母体が子供に耐えられていないというかな。腹の中の子供が母親より力が強いから身体の中でつながっている母親がそれに耐えられず崩壊しかけているのよ」
「そんな!」
「しかもだいぶ赤子の力が強い。この娘の血を半分受け継いでいるのにここまで力が乖離しているとなると…これのもう一人の親の力がよっぽど強いのだろうな。何者だ?」
「わたし…」
リリが何か言った気がするが意味が分からないので聞かなかったことにした。
「まぁ安心しろ。これは我も良く起こるのだよ…我は性質上、男体で生まれ変わる時もあるのだが、それで子を作ると母体となったものがまれにこの現象を起こす。ゆえに対処も手慣れた物よ」
少女の腹に指を置き、ゆっくりと魔力を流していく。
「何するの…?」
「腹の子の魔力を封印する…いや、母体に力が流れないようにすると言ったほうがいいか。力が流れていくことが問題なのだから、流れなくしてしまえばいい…簡単な話だ」
「それは何も問題はないの?」
「我が無事ではないか。何も問題はないよ。本来なら我がやるようなことでもないのだが…いくら何でも子供の力が強すぎる」
「そうなんだ…」
話している間も魔力で術を組み、子供と母体のつながりを封じていく。
ちらりとリリを見ると心から心配そうな…それこそ今にも死んでしまいそうな顔をしていた。
…というかなぜ我は先ほどまで殺し合いをしていた相手の頼みで魔族の治療などしているのだろうか。すべてがおかしい気もするが始めてしまったのだからしょうがない。
ここで助けて欲しければいう事を聞け、とでも脅せばどうだろうか?
さすがに負けた身で見苦しいか…そんなこと言っている場合ではないが…まぁ恩が売れることに期待しよう。
どうせ今の我では再びリリに挑んだどころであっさりと殺されるのがオチだ。
それに…先ほどから違和感を感じていた。
かなり漠然としているが…「リリに敵対するようなことがあれば良くないことが起きる」…そんな予感がしてならない。
「あ…マオちゃんの顔色が良くなってきた…」
「うむ」
治療が進むにつれて少女の顔色が良くなっていき、呼吸も落ち着いてきた。
というかそもそもだからこの少女は誰だ?名前は「マオ」でいいのか?正直話してても言葉が通じるだけで会話が成立しない化け物のように見えたリリがここまで人のような感情をあらわにする相手か…どうやら魔界に腰を落ち着けているようだし住処を提供している娘とかか?
しかしこの子供…無事に産まれたらとんでもない事になりそうだ。
異常な魔力を感じるし、存在感も強すぎる。
身ごもった時点でそうとう苦しかったはずだがこの魔族もよく耐えられたものだ。
「…とりあえず終わったぞ」
「ほんと!?」
我を押しのけるようにしてリリが少女を覗き込む。
顔色は完全に平常に戻っており、今は安らかな表情で寝息をたてていた。
「このまましばらく安静にさせておけば目も覚めるだろ…」
「ありがとう!「コウちゃん」!!」
がばっとリリに抱き着かれ、その硬い身体を押し付けられる。
「こ、コウちゃん…?」
誰だそれは…もしかして皇帝だからコウちゃんか…?
「あ!こんなところに寝かせて置いたらダメだよね!すぐにつれて帰らなくちゃ!行くよメイラ!」
「え、あ、はいっ!」
少女を抱えたリリがメイラを引き連れて闇の中に入っていこうとする。
「おい!ちょっとま…!」
「ばいばいコウちゃん!また今度遊びに来るね!」
一方的にまくし立て、嵐のように去っていった。
「…よかったのですか?」
「いいわけないだろう」
同じくあっけに取られていたジラウドがいたわるようにローブをかけた。
「…?陛下…首になにか…」
「首だと?」
触れてみるが特に何もない。
「こちらを」
ジラウドが私の目の前で飾り用のサーベルを横に構えた。
その刀身に映りこんだ我の首には…赤い糸のような跡があった。
「これは…まさか…」
おそらくこれがずっと感じていた違和感の正体…どうやら我は悪魔神だけではなく、あの人形からも呪いを受けてしまったようだった。
「…つくづく判断を間違えたな。手を出すべきではなかった」
まさかこうも裏目に出るとは…今この瞬間、世界で最も哀れなのは我かもしれぬなと思った。
「どこへ行かれたのですか我が神よ!!どうか私も御身と共に――――!!!」
我より哀れな男が割と近くにいたのだった。
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