第73話 人形少女は取り乱す
――リリ…!
「え?」
皇帝さんにとどめを刺そうとしたところで、不意に誰かに呼び止められた気がした。
いや誰かじゃない。私がこの声を聞き間違えるはずがない…この声は間違いなく…。
「マオちゃん!?」
「…?」
目の前の皇帝さんが不思議そうな顔をしているけれど今はそれどころじゃない。
マオちゃんが私を呼んでいる。
どうしてそんな声が聞こえたのかとかどうでもいい。私を呼ぶマオちゃんの声は苦しそうだった。
早く行かないと!!
「空間移動…ああもう!!」
マオちゃんに何があったのか…そういう事に気を取られて魔法がうまく使えない。
焦れば焦るほどドツボにはまっていく。
それを見かねたのか大きな人形が私を掴み上げ、闇の中にずぼっ!と突っ込んだ。
するとそこはすでに見覚えのある魔王城のマオちゃんの部屋で…そこでマオちゃんは苦し気な表情で床に倒れていた。
「マオちゃん!どうしたのマオちゃん!!」
「うぅ…」
慌てて駆け寄るもマオちゃんは苦しそうに吐息を漏らすだけで意識も朦朧としているようだった。
「マオちゃん!マオちゃん!…誰か!誰かいないの!?」
大声で叫ぶも誰もいないようで、気配も感じない。
なんで魔王を一人っきりにしているのかとか思うけれど今はそれどころじゃない。
どうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば!!!!
そこで私はマオちゃんがお腹を押さえてる事に気が付いた。
「っ!マオちゃんごめん…!」
私はマオちゃんの服をめくってお腹を露出させた。
するとそのお腹…正確には下腹部の…つまりは私達の子供がいるであろう場所、その位置に複雑な丸い紋様のようなものが浮かんでいた。
「な、なにこれ…」
見てみてもそれが何かわからない。
変な魔力の流れがあるのは理解できるけど、でもそれが何なのか、どうすればいいのかわからない。
だけどマオちゃんが今苦しんでいる原因はたぶんこれで…そして場所的にきっとお腹の子供が関係している…なら…それを取り除けばもしかして…。
私が一番大切なのは間違いなくマオちゃんだから、そのためには仕方がない。
だけど…この子は私とマオちゃんがずっと一緒だという証しで…愛の証明で…だけど…でもでも…。
「わからない…どうすればいいの…!!あっ…」
それはただの思い付き…いや思い込みだった。
さっきまで私が戦っていた皇帝さん。
あの人は子供に生まれ変わるだとかなんとか言っていた。だったらこういうたぶんお腹の子供が原因で起こるようなことも何か知ってはいないだろうかと。
私は藁にも縋る思いで闇の中にマオちゃんを抱えて戻った。
「皇帝さん!!」
――――――――
≪皇帝side≫
突如としてリリがいなくなった。
それと同時に辺りを包んでいた闇が霧散し、我の城へと戻って来たようだった。
「へ、陛下!?その傷は一体!!」
無様な姿になった我に配下たちが駆け寄ってくる。
「騒ぐな。傷に障る」
損傷が大きすぎるし多すぎる。今はとにかく休息が必要だし、早急に子をなして次に繋いだほうがいいかもしれないな…。
「陛下、すぐに治癒の魔法を使えるものを手配いたします」
「なんだジラウド、いたのか」
そこに我が最も信頼を置く男であるジラウドがいた。
こいつには紛れ込んだネズミの処理を頼んでいたが、ここにいるという事は無事に始末で来たという事か。
実に有能で助かる限りだ。
「はい。…ところで陛下。結果はどうなりましたか」
「結果なぁ…どうなったと思う?」
「もちろん陛下の勝利を疑ってはおりません」
ならばなぜ聞いたんだと思わない事もない。
周りの騎士たちも頷いているが…そもそも勝利がどうとかいう話でもなかったことを覚えているのだろうか?
まぁジラウド以外はそもそもが外部の、それも人外の者に頼ることに不満を持っていたが…ならお前たちがあの陰険な悪魔神の奴を倒せるくらい強くなってくれという話である。
…いかんいかん、少しだけイラついてしまっているようだ。冷静にならねば。
「リリさんに勝てる人なんていないと思います」
「我が神は決して負けはしませんよ」
少しも我がアレをくだしたとは思っていない物言いをするのは当然あちら側の二人で…少々業腹だがまぁしかし…。
「我らが皇帝陛下を侮辱するつもりか!」
というふうに周りがうるさくなってくるので、早々に発言をしなくてはいけない。
「騒ぐな。そやつらの言うとおりだ…我はあれに負けた」
「陛下…?」
ジラウドが信じられないような顔で見てくるが結果として我は負けたのでしょうがない。
「それで陛下。我が神はどこに?」
「知らん。完全にとどめを刺されると思ったところで急にどこかに消えた。そちらの悪魔のほうが何か知っているのではないか?」
我が悪魔の娘を指さし、ザナドも目で問いかけるように視線をそちらに向けるが本人は何も知らないとばかりの表情をして首を横に振った。
「あぁそういえば…なんだったか…「マオちゃん」だったか?誰かの名前のようなものを呼んでいたがそれならどうだ?」
「え…それって…」
思い当たる節があるようで何かを言おうとした時。
「皇帝さん!!」
目の前に件の人物のリリが現れた。
その両腕に少女を抱えて。
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