第71話人形少女の次なる舞台

「この…離せ!」


皇帝は足元にいる赤い髪の人形を剣で斬りさき、引き離す。

そして地面を転がり、身体にまとわりついた火を消し、すぐに体勢を整える。


(なんだ今のは…なぜ突然火が出た…?)


あくまで冷静に、慌てずに皇帝は事態の把握に努める。


(おそらく先ほどの赤い髪の人形がそういう力を持った人形なのだろうという事は理解できる。

だがそれをなぜ今になって出してきた?それに今まで奴は火を使う素振りなどなかった…惟神はその能力に必ず方向性がある。

あの多彩な能力を持っているように見える竜神のババアでも能力の詳細さえ知ってしまえばそんなものかとなるくらいだ。だからこそ…やつがどこから火の能力など持ってきたのかが分からない…)


皇帝は注意深く正面のひたすら笑顔を浮かべ続けるリリを見据える。

しかしどこか不思議そうな顔をしている様子も見受けられ、その視線は背後の巨大な人形に向けられていた。

皇帝もそれにつられそちらを見る。

巨大な人形はその指を不自然に動かしており、そこからはなにやら赤い糸が伸びているように見えた。

そしてその糸が伸びている先は…。


「っ!!」


皇帝の背後に青っぽい髪の男性型に見える人形が佇んでいた。

それを確認した皇帝がすかさずに人形を切り裂くが、その人形は「ア、ア、ア、ア、」と規則的な不気味なうめき声のようなものをあげて…爆発を起こした。


とっさに飛びのき爆発による身体への被害からは逃れたがしかし…。


「馬鹿な…我の剣が…」


惟神で作られた光の剣が刀身の半分以上を失い、残った部分もひび割れを起こし、今にも砕けてしまいそうだった。


「(これは何だ…!?惟神を破壊するなどありえない…いや、魔族の中に破壊の力を操る種族がいるのは知っているがそれに近い…?だがいくら何でも惟神を破壊する威力など…そしてそれをやはりなぜこの人形が使えるのだ!…それよりも今は…)」


皇帝はその手に握る光の剣を見つめる。

彼女の力はシンプルだ。ゆえに弱点はほぼないに等しく、皇帝自身の技量も合わさってまさに白兵戦においては最強ともいえる力を誇っていた。

だがしかし…シンプルゆえに崩されると立て直しができない。

ましてや破壊されるなどその長い人生をして初めての経験であり、考慮さえされていなかった。

多少は魔法の心得もあるが、彼女が研鑽し高めてきたのは人としての純粋な武…だからこそ今の状況は非常にまずいものだった。


「ふぅ…落ち着け…心を乱すな…武器がないのなら、己の身体を武器とすればいいだけの話だ!」


即座に思考を切り替えた皇帝は惟神を一時解除し、拳を握りしめてリリに向かって走った。

その間も当然、闇の中から這い出して来る人形たちが行く手を阻むが華麗な動きで受け流し、芯の通ったかのような狂いの無い動きで拳を打ち込み砕き割る。

そしてリリに肉薄し、拳を、蹴りを放つ。

惟神の様に必勝の威力はない、だが魔力を込めた攻撃ならばダメージは通るはずだと攻撃を繰り返す。


当然ながらリリも反撃をするが、先ほどまでと違うのは武器を握っているかどうかであり、その身体能力が失われたわけではない。

故にリリの攻撃は当たらず、皇帝の攻撃だけが確実にリリの身体を打っていく。

そしてここまで接近していれば背後の巨大な人形も主を巻き込みかねない攻撃は出来ないだろうということも狙っていた。


「どうしたの?あんまり痛くないよ?」

「ぬかせ!」


実際のところダメージが通っているのかどうか皇帝にはわからなかった。

惟神で確実にダメージを与えられていた時から…そして今もリリはずっと笑っているのだから。

皇帝の拳が風を切り、人形の硬い身体を打つ音とリリが攻撃をしようと身体を動かす時のギィィィィ…という音が交わり、独特な重奏を奏でていた。


ひたすら攻撃を加えているがダメージが通っているのかわからない皇帝。

全ての攻撃を見切られダメージを与えられないリリ。

状況は完全に拮抗しており…だがそれでもこれを繰り返し続ければいつかは皇帝が勝つ…そう思っていた。

キイィィイイイ…カタ、カタ…ギギギギ、ギ、ギ


皇帝がその音に気付いた時は一歩遅かった。

リリの音だと思っていたそれに紛れて背後からゆっくりと、しかし確実にもう一つ人形の音が聞こえていたのだ。

そして慌てて振り返ると同時に肩口に人形が噛みついた。


「うぐぁああ!!」


かなり深く噛みつかれたようで肉がつぶれ、血しぶきがあがる。


「すきあり」


リリが刃のついた腕を皇帝の首に向けて振り下ろす。


「舐めるなぁあ!」


慌てて皇帝は自分の肩の一部ごと人形を引き離し、リリに向かって投げつけた。

その衝撃でリリも体勢を崩し人形と一緒に倒れ込んだ。


「はぁ…はぁ…ふぅ~~…」


呼吸を整えながら自らの状態を確認する皇帝。


(くそっ…左腕がほとんど動かん…だがやはり惟神は少しだが修復してきている…破壊されたことなんてないから賭けだったがそこは助かったか…もうここで決めるしかない)


皇帝は再び惟神を発動させ、今の状態で武器としての形を保てそうな小ぶりのナイフの形に顕現させた。

そしてリリを見据えたところで…彼女はあることに気づいた。


立ち上がったリリは先ほど皇帝の肩に噛みついた人形を大切そうに抱えていた。

人形もリリに絡みつくように身を預けている。

そして問題だったのは…その人形の顔だった。

皇帝はその顔に見覚えがあった…それはリリが連れていた悪魔。メイラの顔によく似ていた。


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