第63話皇帝は笑う
「ははははははは!これはこれはなかなか愉快な見世物じゃないか」
ザナドは自らの隣で楽しそうな笑い声をあげる存在を無視して目の前の鏡に映る光景に目を奪われていた。
それは不思議な鏡で人間の身の丈以上はあるほどの大きな鏡で非常に凝った装飾施され…そして宙に浮いている。
その鏡面はまるで水で出来ているかのように波打っている。
そしてそこに映っていたのは今まさにザナドのいる場所…帝国の、その中で下と呼ばれている場所で行われた血の宴の一部始終だった。
「素晴らしい…!」
そのおぞましいはずの光景はザナドにとっては何より美しい物語の一説に見えた。
「ははは、お前本当に「終わってるな」。そこまでよくもまぁあの神に入れ込めるものだ」
「誉め言葉と受け取っておきますよ」
「本当に残念だよ。お前には「素質」があったというのに…まさかあんな神に魅入るとはな」
「ああ、確か神になれる素質とやらでしたか?ふふふ、それはおそらくこの世で最も私に必要のないものですよ」
異常な光景を目の当たりにしてなおザナドと共に笑う人物こそ…皇帝その人。
身体のほぼすべてをローブで隠した怪しげな出で立ちだが間違いなくこの国における最高責任者だ。
「陛下、対処はされなくてよいのですか」
ザナドたちとは対照的に顔を不愉快そうに歪めた男が皇帝に耳打ちをする。
「よいよい。もともと奴がどういう行動をするか見るためにあそこに誘い込んだのだ…それに下に住んでいる奴らは「汚染」されているのだからちょうどよかったではないか」
「ですが…」
「ならどうする?お前たちを派遣するか?殺されるのがオチだぞ?」
「・・・」
「まさか我にやれと言いたいのか?」
「めめめ滅相もございません!陛下の手を煩わせようとは…!!」
はははは!と皇帝は笑う。
そして再び鏡に視線を戻すと鏡の中の人物が皇帝をじっと見ていた。
「ほう、なかなか鋭いじゃないか。見えているか?」
ひらひらと皇帝がその手を振る。
すると鏡の映像をさえぎるように巨大な人形の手のようなものが向こう側の鏡面に映りこみ。左右に揺れた。
「まさか手を振り返したのか?はははは!本当に愉快だな!だがこれで我の居場所は分かっただろう?遊びは終わりだ、ここまで早く来い」
パチンと皇帝が指を鳴らすと、鏡がひとりでに砕け散り…跡形もなく消えた。
「陛下…本当によろしいのですか?」
「よろしいさ。あれはなかなか使えるぞ?我の目的はお前も知っていると思ったが?」
「しかし危険ではないですか?あれではまるで…」
「それでもおそらくは「悪魔神」よりはマシだろうさ。いつか来ることが確定している破滅を回避するためなら目先の毒くらい飲み込もうじゃないか」
楽しそうな皇帝と不安そうな臣下達…対照的だがここは軍事国家であり、つまりそのトップたる皇帝は軍のトップでもある完全な独裁国家ゆえに何者も皇帝の決定を覆すことはできない。
「我が神を毒だなんだと言うのは止めていただきたいのですがね」
「安心しろ、我らにとってはお前も十分に毒だよ」
「安心できる部分はありませんが私としてはあなたに協力したいと思っています。ですがそれも我が神次第ということは覚えておいてください」
「それも心配ないさ。アレが我に協力しないというのなら力づくで従わせるまでよ」
ザナドがわずかに殺気を纏う。
「やめておけ。今は機嫌がいいから見逃してやるが、お前では逆立ちしても我には勝てんよ」
「それでもあなたに多少でも力を使わせることは可能です。今の状態ではその一度がなかなかに命取りになる可能性は十分にあるでしょう」
「その一回のために死ぬなど馬鹿らしいとは思わぬか?」
「我が神の役に立つのならこの命など、捧げることにためらいなどありませんよ」
「ふはっ!はははは!やっぱりいいなぁお前。我の部下にもそれくらい盲目的なのがいればいいのだがなぁ」
ちらりと皇帝が側に控えている臣下達に目線を向けた。
「「我ら皇帝陛下にこの身を捧げる覚悟はとうにできております!」」
「そうかそうか、我は嬉しいぞ。ほどほどにな…さてそろそろ客人を迎える準備をしておけ。馳走でも適当にふるまっておけばよいだろう。どうせ口にする暇はないだろうがな」
ただ楽しそうに笑い続ける皇帝だったがローブからわずかにのぞく目は微塵も笑ってはいなかった。
「こっちもなりふり構ってはいられないのでね。時間は有限…それならまどろっこしい話はナシだ」
皇帝がローブを少しだけ脱ぎ、その半身が露出した。
鋭い目つきの薄ら笑いを浮かべた銀髪の美しい女性の姿がそこにはあった。
「まさかあの噂に名高い皇帝がそのように美しい女性だとは思いませんでしたよ」
「年齢も明らかに話と合わないしな?そら不思議だろうさ」
「自分で言うのですね」
「そこを突っ込まれるのが煩わしいから我は表に出ないということだ…おっと、者ども来たぞ。世にも珍しい神様のお客人だ」
キィィィィィィ…ギギギギギギギ、カタ…カタ…。
聞く者に恐怖と不安を抱かせる歪んだ音と共に人形の神がついに姿を見せたのだった。
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