第62話悪魔少女の見る神様
「これ以上何か言うつもり?」
普段は気にならないのに、リリさんの関節からなる軋むような音がやけに強く耳に届く。
ひとりでに足が震えて止まらない。
「ねえメイラどうなの?あなたは私を止めたいの?」
きっとリリさんはこのまま私がリリさんの事を止めたとしても私を殺したりはしないと思う。
だけど…それを私が選ぶことはできない。
リリさんがやるというのだから…私はただそれに従うのみなのだ。
「いえ…何でもありません」
「そっか」
にっこりと笑うその顔は、やっぱり美しかった。
「メイラ私ね、実は少しだけなら魂って言うのかな?それをね身体から引っこ抜いたりできるんだ」
突然リリさんはそんなことを穏やかな声で話し始めた。
「魂ですか?」
「うん。でもね何でもってわけではなくてさ、小さな子供くらいにしかできないの。多分魂がまだ身体に定着してないとかそんな理由じゃないかなぁとは勝手に思ってるんだけどね」
「はぁ…?」
「まぁでもさ…魂だけ残っても…悲しいだけだね」
リリさんはいつの間にかその手に小さな…本当に小さな今にも消えてしまいそうな光る玉のようなものを二つ持っていた。
そして次の瞬間にはそれを口に運び、飲み込んだ。その時リリさんはほんの一瞬だけ、とても悲しそうな顔をしていた。
そしてすぐににっこり笑顔に戻ると…。
「さて、始めましょうか」
その言葉と共に辺りが光の届かない漆黒の闇に包まれた。
大事そうに二人の亡骸を抱える、ある種の美しい光景に反比例するように世界は黒く染まっていく。
その闇は私に危害を加えることは無いとわかっていても…不安感を見る者に与えた。
「リリさん…泣いてるんですか?」
「…そう見える?」
見えない。
その顔に浮かんでいる表情は笑顔で…とても泣いているようには見えないけれど、それでも私はリリさんが少しだけ泣いているように見えた。
これは悪魔としての力なのか…それとも別の要因なのか、うっすらとリリさんの気持ちが私には伝わってくる。
リリさんは最近確実にその内面が変化してきている…いや、欠けていたものが埋まっていっていると言えばいいのだろうか。
きっとリリさんは最近の様々な出来事を通じて「心」というものを学んできているのではないだろうか。私のお父さんとお母さん…そして魔王様とその中に宿っているらしい新しい命。
そこからきっとリリさんは誰かを愛する心を手に入れていたのだ。そしてその手に入れたばかりの愛を出会ったばかりの可愛そうな子供に向けた。
それがきっとリリさんが数十分程度の交流しかなかった子供にやけに執着していた理由…そして愚かな人間たちはそれを奪ったのだ。
結果として起こるのは…殺戮だ。
神様が気に入り、愛を注ごうとしたものを人間が踏みにじれば…そこに慈悲など介在するはずもなく。
瞬きするごとに黒い闇の世界は赤い彩を増やしていく。
きっと地面にまき散らされた肉片や赤色の中にはただ知り合いにつられて流されてという人ももちろんいたはずだ。
だけど神様にはそんな事関係ないのだ。加担した、止めなかった…いやそこにいた、ただそこで生きていた…それだけでその力が振るわれる対象になってしまうのだ。
今となっては人間は私にとってはただのご飯だけれど…さすがに無関係な人まで殺されてしまうのはしのびない…だから私はあの場にはいなかった人の事はそれとなく助けた。
それに関してリリさんは何も言わない。ただ黙々と歩みを進め、そのたびに闇の中から現れる人形が人を肉塊に変えていく。
闇に響く悲鳴や絶叫はだんだんと少なくなっていく。
慈悲も罪悪感もそこにはなくて…もしかしたら今日はある種のターニングポイントだったのかもしれない。
今日この日が何事もなく過ぎ去ったのなら…ただ純粋にリリさんがたまたま情を覚えた子供たちを愛せていたのならリリさんは優しい神様になったかもしれない。
すべては「もし」の話で…たまたま帝国に来たリリさんが、たまたま可哀想な子供たちに出会い、たまたま興味を持ち…そしてたまたま殺された。
たった数時間の偶々が重なっただけの何でもないこの日、リリさんという神様の方向性が完全に決まってしまったのだ。
その愛は外に向けられることはなく…ただただ自分の中でだけ完結する愛。
「ねぇメイラ~」
「はい」
「あと何人くらいかなぁ」
「…私が覚えている限りだとあと三人ほどだと」
「そっか~…あ、ごめんね。お肉無駄にしちゃったかも?」
「気にしないでください」
ぞっとするほどに優しいその声色。
人々の悲鳴の中でも何故か聞こえてくるキィ…キィ…という独特な人形の関節が軋む音。
それはなぜこんなことになっているのかもわからないであろう人間たちにはどう聞こえているのだろうか?
目の前で涙を流しながら尻もちをついている男にはリリさんがどう見えているのだろうか。
「あなたが最後の一人かな」
「あ、あ…」
男の手から何かが硬い音を立てて滑り落ちる。
それは地面を転がっていき、リリさんの足にぶつかり、勢いを失って倒れた。それは二枚の銀貨だった。
両手がふさがっているリリさんに代わって私がそれを拾い上げる。
「たった銀貨二枚、安い命だね子供って」
「なんだよ…お前そのガキの事でこんなことをやったてのか…?おかしいんじゃねえのか!?」
「お金何かのために子供を殺したあなたのほうがよっぽどおかしいと思うんだけどなぁ…まぁいいや。ところであなたはいくら?」
「え…?」
「いくら払えばあなたの命は買えるの?銀貨1枚?2枚?でもこの二人はとっても可愛いからさ、可愛くもなんともないあなたはきっと銀貨1枚より安いよね?」
ギギギギギギギと音を立てながら闇の中から男の背後に巨大な人形の手が現れる。
「でも今細かいお金持ってなくてさ。だからこれでいいよね」
何処からともなくポトンと男の手の中に果物が一つ落ちた。
それがリリさんが下した男の値段だった。
後に残ったのは振り下ろされた巨大な人形の手とその隙間からにじみ出てくるように広がっていく赤色だけだった。
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