第53話悪魔少女は誘われる

 忘れるはずもない、人間だった時にお世話になった教主様…その人が何故か今私の目の前にいた。


「教主様…なぜここに…?」

「偶然…ではないのですが少し君に用事がありましてね」


私に…?なぜ?と疑問に思ったがそれよりも私は教主様を前にして…耐えがたい食欲に襲われていた。


「す、すみません教主様…できれば今すぐ離れてください…」

「ふむ…そういえばそうでしたね。配慮がたりませんでした」


パチリと教主様の指が鳴った。

その瞬間、私を襲っていた食欲が少しづつ収まっていった。


「なにを…?」

「まぁ簡単に言えば…私の人間性を薄めたと言いますか…うまく言えないのですがそんな感じですね」


もしそれが私に作用している物ならぜひ教えて欲しいと思ったのだが…どうやらそういう類の物なのではなさそうなので残念だ。


「ご配慮感謝します」

「いえいえ、それと敬語でなくても構いませんよ。すでに君は私の元を離れていますしね」


「あ…」

「おっと。別に君の状態がどうこうというわけではないですよ」


「はい…大丈夫です」

「そうですか…では本題に入っていいでしょうか?」


「どうぞ」

「単刀直入にいいますが帝国に来ていただけませんか?」


いつの間にか教主様が指に挟むようにして一枚の紙を手にしていた。


「帝国と言いますと…」

「ええ、軍事帝国アルクルセレスです」


「…なぜ私が?」

「あなたというよりは…正確に言えばあなたを逃がした「あの方」に来てほしいのです」


「リリさんに?」

「リリ様と言うのですねあの方は」


私はつい口に手を当ててしまった。

うかつに名前を漏らすのはもしかしたらまずかったかもしれない…いくら教主様でも私は悪魔で…リリさんは人形なのだ。

人間だったころは優しかったからといって信用しすぎてはいけない。


「・・・」

「そう警戒しないでください。少なくとも私はあなた達の味方だと思いますよ」


その耳にするりと入ってくる声についつい気持ちを持っていかれそうになるが必死に耐える。

ここまで私を助けてくれたリリさんに私のせいで何か起こることは避けたい。


「申し訳ありませんが…信用は出来ません」

「まぁそうでしょうね~…しかしこれはあなたにとっても興味のある話だと思いますよ」


「興味ですか…?」

「ええ。知りたくはないですか?あなたをそんな身体にした存在の事を」


「!?」

「帝国に出向いてもらえればそのことについてもお話ができると思いますよ。だからどうかあの方に取り次いでいただけませんか?」


それが気にならないと言ったら噓になる。

なぜ私がこんな目に合わなければいけなかったのか…誰が私を悪魔になんて変えたのか…どうして両親が死ななければいけなかったのか。

今でも目を閉じれば両親を食べたときの事が鮮明に思い出せる。


「わ、私は…」

「はーい、そこまで~」

「っ!?」


いつの間にか教主様の顔を背後から掴む何者かがそこにいた。

包み込むようにして添えられているその特徴的な腕は…紛れもなくリリさんの物だった。


「私がいない間に何をこそこそとやってるのかな~そういうのめんどくさいから嫌いなんだよね」


嫌いと言う割にはいつも通り軽い笑い声交じりの嫌いな声で喋るリリさんだった。


「こ、これはこれは!ようやく再び相まみえる事が出来ました!我が神よ!」


後ろから頭を掴まれているというのに教主様は嬉しさがこらえきれないと言わんばかりの笑顔で両手を広げた。


「我が神?何言ってるの?」

「…おっと申し訳ありません…少し先走ってしまったようです。そして重ねて謝罪を。メイラだけに話を通そうとしたわけではなかったのですがあなた様の姿が確認できず…次はいつ接触できるか不明だったため先にメイラにと…不快に感じられたのならいくらでも謝罪いたします」


未だかつて見たことがないほどに低姿勢の教主様…なんか…なんとなくそんな姿は見たくなかったような…。


「いいよめんどくさいし。んで何か用事?」

「はい、実は…」


────────


「帝国ねぇ~なんで来てほしいの?」

「実はそこの皇帝があなた様に会いたいとの事で…」


皇帝…それはまさかあの実在しているのかすら怪しいと言われているあの皇帝だろうか…?

そんな人がリリさんに何を…?


「理由は?」

「申し訳ございません、それは出向いていただけない事には…」


ん~…と考えるような仕草を見せるリリさんはその後なぜか私の事をじ~っと見つめた。


「リリさん何か…?」

「ん~いや~?帝国って大きい国なの?」

「神都とは比べ物にならないほどには」


「じゃあ行こっか」


とても、とても軽い調子であっさりとリリさんは言った。


「ええ!?いいんですか?正直すっごく怪しいんですけど…」

「いいじゃないの別に~楽しそうだし」


楽しそうってそんな…私は出会ってからずっとリリさんがどういう思考で日々を生きているのかさっぱりわからない。


「来てくれるのであれば皇帝が術でご案内するということですが…」

「ああ、そういうのはいいよ~旅行が台無しだし」


旅行!?皇帝に呼び出しを受けたのに旅行気分!!!!


「旅行ですか…」

「うん~メイラを連れて帝国?ってところに行けばいいんでしょう?せっかく行くんだし観光くらいしないとね~」


待って、私をもしかして連れて歩く気なんですかリリさん…?


「あの…さすがにメイラを連れて観光というのは…」

「何か問題?」


「…いえ、あなた様がするのならそれは誰にも阻まれるべきものではありません。その意向に従いましょう。こちらを」


教主様が手に持っていた紙をリリさんに渡した。


「なにこれ」

「帝国への入国許可証です。それがあれば帝国に入ることができます」


「ほほ~ありがと。んじゃあ近いうちに行くよ~」

「かしこまりました。到着しましたら迎えを…」


「いらない」

「…かしこまりました」


教主様が一礼すると、突如として光の柱のようなものが現れて教主様を飲み込み…そして消えた。


「なんだったんだろうね」

「さ、さぁ…ところであの…本当に行くんですか?」


「うん~ご飯とか美味しいかなぁ~?」

「私も連れていくつもりですか…?」


「うん。だって知りたくないの?メイラを悪魔にした人?かなんか」

「…でも私は…いたっ!?」


リリさんが私にデコピンをした。


「そういうシリアスでめんどくさいの嫌いだから~行くって言ったら行くの~」


どうやら私に拒否権はないらしい。

でも私は…この抑えきれない食欲を、耐えきれないほどの空腹をどうすればいいのだろうか。

それを教えてくれる人は…誰もいない。

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