第51話閑話 帝国

「報告は以上です」


神都にある教会の一室、魔法による各国との通信が行われている場でザナドが一礼した。


「うむ、このたび神都が受けた被害は計り知れぬな…」

「黒の使徒…やってくれたものだ」

「例の人形も姿を見せたのだろう…?本当に大変であったなザナド殿」


本日行われていたのは先日神都で起こった黒の使徒と悪魔が起こしたとみられる事件の事についての情報交換だった。


「ええ…民もかなりの数がその命を散らしてしまいました。今現在は復興のめども立っておらず…なかなか厳しい状況が続いています」

「無理もあるまい…我が国は支援を約束するぞ」

「うちからも人員を出そう」

「こちらは人手は出せぬが物資ならなんとか…」


「皆さま感謝いたします」


ここにきて散々いたるところに媚を売っていたことがプラスに働いたなとザナドは内心笑っていた。

人心掌握はザナドの得意とするところでありそれは国の重鎮であっても例外ではない。

まだ年若いザナドがこうやって会議に参加できる理由の一つでもあった。


「それではザナド殿も忙しいであろうし今日はこのくらいにしておこう」

「異議なしだ」


いつも通りに会議が終わりザナドは業務に戻ろうとしたのだが…その時いつもと違い通信が一つだけつながったままだった。


「まだ何か御用ですか?帝国のジラウド卿でしたかね?」


映し出されたのは白い鎧のようなものを着こんだ男だった。

帝国において皇帝の右腕と言われている男だったとザナドは記憶していた。


「ザナド様、我らが皇帝陛下があなたとの面談を希望しています。すこし時間を取ってはいただけないでしょうか」

「皇帝陛下が…?」


軍事帝国アルクルセレス。

この世界においてトップクラスの力を持つ国の一つであり、土地は秀でて広いというわけではないが頂点に立つ皇帝を主とした驚異的な軍事力を保有しており、その昔人々の間で戦争が起こった際にはその力を持って周辺国を瞬く間に制圧し圧倒的力を見せつけ、現在では魔族との戦争において最大の障害としてその力を振るっている。

だがその圧倒的力を持つと称されている皇帝だが…その実態は謎に包まれており公の場に姿を現した事もない。

実は皇帝など存在しないのでは?と噂されているほどだ。


(その皇帝がなぜ私に…?帝国という国なのだから存在はしていたのだろうが…目的はなんだ?)


「それで返答をいただきたい」

「…少し時間をいただいても?」


「我らが皇帝陛下は早急にとのことです」

(余計な詮索をする時間も貰えないと…そこまでしてなぜ私に会いたがる?)


ザナドは自分が選ばれた人間であると心の底から信じている。

だが物事には全て順序があり、すべての事柄はそれが良い事であれ悪い事であれ天から突然降って湧いてくることなどないとも思っている。

だからこそザナドにはこの状況の理由が分からない。


「理由を聞くことは許されるのでしょうか?」

「こちらから声をかけておきながら心苦しくは思いますが皇帝陛下は可否だけを答えよとのことです…ですが「もし受けるのならお前の知りたいであろうこの世界の神について知れるかもしれないな?」と言付けも預かっております」


なるほどとザナドの思考はすぐにまとまった。


(皇帝が聞きたいのは私の神のことか…私も詳しく知るわけではないが…しかしそれでも皇帝が持つという神という存在の話が聞けるのは貴重だ…ふふふどうやら本当に私にツキが回ってきているようですね。いや運命ですか)


ザナドは襟を正すとジラウドに向き直り腰を折った。


「ええそういうことなら謹んでお受けいたします」

「そうですか。わかりました…では」


ザナドはとっさに後ろに飛びのいた。

突如として殺気を感じ、反射的に回避行動をとったのだ。

そして先ほどまでザナドがいた場所に銀色に輝く剣が振り下ろされていた。


「どういうつもりでしょうか?そもそもどうやってここに?」

「・・・」


通信の向こうにいたはずなのにいつの間にかザナドの前にジラウドがいた。

ジラウドは何も答えず無言で剣を構え、一呼吸置くと再び剣を振りかぶりザナドを切りつけようと攻撃を仕掛けてくる。

なんとか避けているがこのままでは追い詰められるだけなのは明白だった。


(これはどうするべきか…)


ザナドはなぜジラウドが攻撃してきたのか見当はだいたいついていた。


(おそらく彼は私を試している…いやもしやその後ろの皇帝か?だが私を試すのになぜ攻撃を仕掛けてくる?いち聖職者にすぎないこの私に…まさか「力」のこともバレているのか?そうなるとここは私の力を見せるしかない…だがどっちだ?どっちを望んでいる?神楽か神の力…お前たちが見たいのはどっちだ)


ザナドは己の中にある力のどちらを皇帝が望んでいるのか脳を働かせる。

そして彼が出した答えは…。


「【神楽葬送】…!」

「…っ!」


ザナドは自らに宿る神楽の力を発動させるとナイフを取り出し力を纏わせ投擲した。


(神楽はその持ち主が多数存在することは経験上知っている…私の神の力はたとえ皇帝でもこの力の事は知らないはずだ…ならばここで見せるのは神楽…それでいいはず)


ジラウドはナイフを剣で弾き飛ばそうとしたがナイフと剣がぶつかった時、ナイフが剣を貫通した。

いやすり抜けるように、まるでそこに剣などないかのように抵抗もなく突破したのだ。

しかし剣にはナイフが貫通したかのように穴が開いてた。

そしてナイフ本体はその勢いを一切殺さずにジラウドの胸に突き刺さった。


「ぐっ…!!」

「一度売られた喧嘩です、今さら無しとは言わせませんよ」


ザナドが手にしたのはどこから取り出したのか大ぶりのロングソードだった。

それをジラウドに投擲する。


「ふっ…!」


ジラウドは柱の陰に身を隠したが腹に鋭い痛みを感じ、見ると柱を貫通しロングソードが柱とジラウドを縫い付けていた。


「馬鹿な…この太さの柱を貫くなど…!」

「貫いてはいませんよ…まぁそれもどうでもいいでしょう。では」


またもやどこからともなくザナドはロングソードを取り出しジラウドの頭を狙って投擲した。


「くっ…!」


柱と剣で縫い付けられたジラウドは避けることができずに…。


────────


その戦いを遠く離れた地から見ていた人物がいた。


「ほう…思ったより力が強いな…それだけ神楽を与えている神の力が強いのか…まぁいい」


その人物はその手に光でできたかのような弓を持っており、同じく光でできた矢をつがえ天に向けて構えた。


「惟神――」


────────


ザナドが勝ちを確信し放ったロングソードが突如、天から落ちた光の柱に飲まれて消えた。


「馬鹿な…私の神楽葬送は人体以外の全てを抵抗なく貫くことができるはず…それが物理的な物や魔法的な妨害でさえ受けないはずなのに…」

「これが我らが皇帝陛下の力だ」


ジラウドが腹を剣から離しながらそう言い、そしてザナドの元まで歩くと頭を下げた。


「すまなかった。皇帝陛下の命により貴殿の力を試させてもらった」

「ふむ…やはりですか…それで私は合格なのでしょうか?」


「もちろんだとも。皇帝陛下が手を出したのがその証だ」

「皇帝陛下の力か…」


まさか自分の神楽が破られるとは思わず少しだけ動揺した。

しかし同時に本当に自分は神について重要な情報を得ることができるかもしれないと気分を高揚させていた。


「それで、いつ向かえば?申し訳ないがこれでもここのトップでね…今は何かと忙しいんだ」

「それならば問題ない」


その言葉と同時に眩しい光がザナドの眼前に現れ、それが何かの入口のような形をとった。


「まさかこれは…?」

「どうぞ、皇帝陛下がお待ちです」


ザナドは頷くとゆっくりと光の中へと踏み出した。

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