第42話人形少女の嗤う舞台2
この世界に数ある種族の中でも上位に位置する力を誇る種族である龍…その頂点に立つ龍を統べる神である龍神クラムソラードは最初「それ」がなんなのかわからなかった。
身体が意志に反してかすかに震え、暑くもないのに汗が滲みだし痛いほどに心臓が不規則に鼓動する。
自分の身に何が起こっているのか考えて考えて…そして思い出した。
その名は恐怖。
(馬鹿な…このワシが…世界の頂点に立つ力を持ったこのワシが、たかが人形風情が起こした現象に恐怖を感じているというのか…?)
その力から彼女を脅かす存在など存在せず、同格の神と呼ばれる存在を相手にしても恐怖を感じたことなどないにもかかわらず確かに今、クラムソラードはリリという人形に恐怖を感じていたのだ。
(ふざけるなよ!そんなことがあってたまるか!ワシがあんなガラクタなんぞに…!!)
クラムソラードは椅子の肘置きを力いっぱい殴りつける。
当然の結果として無駄に豪華な装飾の施された椅子は木っ端微塵に砕け、また余剰分の衝撃が闇に覆われた世界を駆け抜けた。
その衝撃はアルギナたちにも伝わり、少しだが気を持ち直すことに成功した。
「怯むな女狐!小童ども!貴様らの後ろにいるワシを見ろ!あんな人形ごときに震える必要がどこにあるのじゃ!?そのような無様な姿を形だけとはいえワシの眷属が晒すでないわ!」
クラムソラードの一喝により三人の瞳にわずかながら光が戻った。
(そうだ…たとえリリが神に目覚めたのだとしても…クラムソラードに敵うはずがない…奴はそれこそ原初から存在する最古の神の一柱だ…どれだけ規格外だろうと負ける道理はないはずだ)
神という存在を理解しているアルギナは完全に平静を取り戻していた。
レザとべリアもお互いに頷き合い、立ち上がる。
アルギナという自分たちが信頼を置く者が前を向いている姿を見て希望を持ったのだ。
「ああいいぞ、愚かな魔族どもよ。特別じゃワシの力を貸そう…さぁ物語に選ばれし戦士たちよ!鬼を討ち取るのだ!」
クラムソラードが「惟神」の力を引き上げる。
アルギナたちは自分たちの力が数段上の領域まで引き上げられたのを感じた。
これなら戦える…そう思った全員は退治するべき鬼…リリをまっすぐと見据えた。
リリは笑っていた。
「…っ!」
「怯むなべリア!ここで終わらせるんだ!」
「わかってるわよ!」
先ほどと同じように…いやそれ以上…この闇の世界全てを焼き尽くす勢いで剣から炎を放つ。
レザはリリの頭上に光の弾を撃ちだした。
それは無数の破壊の光となり、リリに降り注いだ。
その力は本人たちが感じた以上の力を発揮し、リリに襲い掛かった。
先ほどの状態であってもリリを追い詰めたのだ、この一撃に耐えられるはずもない。
ただし、先ほどまでのという条件が付く。
炎と光の暴虐が終わりを告げ、そこには…巨大な人形の手に包まれるようにして守られた無傷のリリの姿があった。
「どうやらあの頭上に見えている頭でっかちのガラクタがやつの惟神の本体のようじゃのう」
「アレを直接叩くわけにはいかないのか」
「手があれだけ強固だからのう…貴様に砕けぬのなら無理じゃ。ワシの惟神に直接的な破壊力はないのは知っておろう…それより問題なのは奴にどれだけの眷属がいるかじゃ。心当たりはあるか?」
「…一人、あいつが連れてきた悪魔がいる。認めたくはないがもしかしたら魔王も取り込まれている可能性はある」
「少なくとも一人、もしかすれば二人か…それにしては惟神が強大すぎる。本当にそれだけか?まさかとは思うが誰かに「願われて」はいまいな」
「ない…はずだ」
神は独りでは存在できない。
人がいるかも定かでない神に願いを捧げるのと同じように。
神自身もその存在を信じ希う者がいなければ成立しない。
その定義は神によって変わるがリリの場合は「その存在を受け入れる者」をリリを含め本人に無意識で眷属として取り込む。
つまりはリリを見て恐怖を感じなかった者…その全てがリリの眷属たりえるのだ。
そしてその人数は二人ではなく…。
さらに悪いことにリリはすでに「願い」を捧げられていた。
娘の無事を祈り続けていた二人の人間に命の全てを懸けた祈りを捧げられているのだ。
だからここでクラムソラードとアルギナは神としてのリリの力を完全に見誤ってしまった。
「今度はこっちの番ね」
リリが片腕を上げた。
すると背後の巨大な腕が連動するようにゆっくりと持ち上がっていく。
ギイィィィィィィ、バキッ、ガキッ、ガギギギギギギ
その巨大さにゆえに関節から響く歪な音も桁違いな大きさとなり闇に溶けていく。
そして無造作にその腕が振り下ろされた。
「なにかまずい…!ページをめくれ!神綴リ儚ミノ昔話!」
巨大な人形の腕が全てを薙ぎ払った。
「う~ん?あれれ?」
リリは可愛らしく首を傾げた。
巨大な人形が薙ぎ払った先には誰もいなかった。
消し飛んだかと一瞬考えたが人形からは手ごたえが伝わってくることは無く回避されたと考えるのが自然だった。
「助かったぞクラムソラード…」
「ちっ…貴様…先ほどと話が違うぞ!あれは完全に神として完成しておる。眷属も二人以上はいるし最悪なことに願いを捧げられておる可能性もあるぞ…」
アルギナたちはクラムソラードの力により、その腕の攻撃から逃れていた。
あきらかに想定しうる力より強い…アルギナとクラムソラードの二人は脳内で次の一手を考えていたがそんな一連の行動をリリが、頭上の巨大な人形の瞳がじっと見つめていた。
そして誰にも知られず、ひっそりと次なる劇の幕が開いた。
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