第41話人形少女の嗤う舞台

――この世の全てはカミサマの操り人形

 運命という糸に首をくくられて誰かのために舞台で踊り続ける

 あぁ悲しい、惨めで可笑しくて価値のないこの舞台

 だからこそ笑いましょう わらって笑って嗤ってさぁ笑いましょう

 舞台の幕が下りるその日まで

 運命という人形劇を心行くまで楽しみましょう

 始まりゆく物語に幾千の嘲笑を

 終わりゆく物語に幾万の拍手を

 さぁいまこそ愉快な終わりの喜劇をここに


その場にいたものの反応は様々だった。

クラムソラードは椅子に座り頬杖をついて事の次第を冷静に見守っていた。


(まさか本当に目覚めたのか?だとすればはてさて…)


これから起こる出来事を見極めるためにただただその目を鋭く光らせ見つめていた。

問題なのは他の三人だった。

確かに先ほどまで自分たちはリリを追い詰めていた…いや今でもその事実は一切変わっていない…はずなのにどうしても不安を拭い去ることができなかった。

どれだけ攻撃を加えても、どれだけその身体を破壊しても…何故かうまくいっている気がしない。

そんな漠然とした感覚を覚えつつも目を背け、ひたすら攻撃を加えていた。

自らに刻まれた恐怖を拭い去るため…自分たちの平穏を取り戻すために。


「ふ、…ふふふ…あは、っ…ははははは…」


だからそんなリリの状況に合わないはずの笑い声を聞いた時、レザとべリアは言われるまでもなくリリにとどめを刺そうとした。

もうリリは虫の息…その四肢はほとんどが砕け、瞳はつぶれて腹には穴が開き、無事な部分もびっしりとひびが入っていた。

だからすぐに終わる。あと一撃であの恐ろしいパペットを殺せる。

二人はそう信じて己の持てる全力の一撃を放った。

全てを燃やし尽くす劫火が

全てを塵に帰す破壊の光が

その人形の身体を飲み込んだ。


(頼む…これで終わってくれ…!)

(死んで!お願いだから…!)


そんな二人の願いは突如として現れた黒い闇に飲まれた。

一体どこから現れたのか漆黒の霧のようなものが周りの景色を黒一色に塗りつぶしていく。

一片の光すら差し込まない完全な黒…しかし不思議なことに自分達の姿だけははっきりと見えた。

これは何なのか、誰の仕業なのか…何が起こるのか…それはすぐにわかることになる。


「惟神(かんながら)」


闇の中から声が聞こえた。

そんなはずはないのに、恐ろしいほどに澄んだその声は耳にへばりついて離れない一体のパペットの声そのものだった。


「一手…足りなかったな女狐」

「まだだ!龍神よ貴様に対処できないとは言わせないぞ」


「まぁ…出方次第よな。この力がどう作用するのか…それを見届けぬことにはな」


冷静に話すクラムソラードに実は余裕はなかった。


(たとえあの人形が本当に神に目覚めたとしてもワシに届くほどの力を持つはずはない…だが、なんだこの違和感は…?それにこの「惟神」は全力を出していないとはいえワシの惟神を上から押しつぶしておる…いいだろう人形…いやリリと言ったか?目覚めたというのなら見せてみろ。貴様の力がどの程度の物か見てやろうぞ)


ギイィィィィィィ…

カタン、カタン、カタン


闇の中で歪な音が響き始める。

どこにから聞こえてくるかと全員が意識を向ける。


「そこか!」

「そこ!」


レザとべリアがそれぞれ全く違う方向に武器を向けた。

そこには同じようにただ闇が広がっているだけで…そして音は再び違う方向から聞こえだす。

前から

後ろから

右から

左から

上から

何故か下からも

何処を見ても何もないのに音だけが闇を漂っていた。


「ふざけるなよ!今さらこんな曲芸で怯むとでも思っているのか!」


アルギナが大鎌を大きく薙ぎ払った。

その軌跡は無数の形を持った魔法の斬撃となりその空間の全方位に放たれた。

音が止み、静寂が訪れる。


「いつまで隠れているつもりだ!姿を見せろ!」

「ふ…ふふふふ…ふふふっ…」


ギィ…ギィ…ギィ…。

今度の音は正面からのみ聞こえてきている…そして足音と共に闇の中からリリが姿を現した。

その身体は先ほどまでの無残な姿ではなく完全に元の姿に修復されており、衣服までも元に戻っていた。

さらには何がおかしいのか小さく…それでいて耳からするりと身体に入り込んでくるような笑い声をあげながらにっこりと笑っていた。


「何がおかしい」

「・・・」


アルギナの質問に答えずリリはただただ微笑んでいる。

その笑顔を見るだけでレザは無いはずの右腕が強烈に痛むのを感じた。

べリアは剣を握る手が小刻みに震えるのを自覚していた。

それでも、ここで決着をつけなければという一心でべリアは一歩を踏み出す。


ぽた…と何かがべリアのその腕に落ちてきた。

それは真っ赤な…まるで血のような液体で…そして同時に目に痛いほどの真っ青な液体でもあった。

少しづつ…しかし確実に闇しかないはずのその世界で赤と青の液体が降り注いでくる。


そしてべリアは上を見上げてしまった。


「ひっ…!いやぁああああああああ!!?」

「どうした!何があったんだべリア!」


レザが突如悲鳴をあげたべリアに駆け寄りその手を握る。


「…女狐…小童。上だ」


アルギナとレザがクラムソラードの指さした先、闇の世界の真上を見上げる。


そこに巨大な顔があった。

闇からこちらを覗き込むように…その眼球が動いている。

その顔はリリに似ているが口はなく、その髪は重く濁ったような赤で闇全体に広がるように伸びており先端が見えない。

そして顔の左右…少し離れた位置から顔に比例した大きさの、剥き出しになった人形の腕が存在していてそこから絶え間なく赤と青の液体が流れ落ちている。


ギョロリと動いた眼球と目があったレザは喉の奥から込み上げてくるものをこらえきれず嘔吐してしまった。

べリアは自らの身体を抱きしめるようにして異常なほど震えている。

アルギナはその息を大きく乱し、今までどうやって呼吸していたのか思いだせないほどになっていた。

そしてクラムソラードも全身から噴き出す汗でその椅子を濡らしていた。


恐怖

そんな言葉で言い表せない何かが全員を襲っていた。


これより始まるのは人形の神の紡ぐ舞台遊び。

運命という糸から抜け出した操り人形の人形遊び…その舞台の名は


「万象傀儡遊戯 君死ニノ人形劇 開幕」

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