第40話人形少女は世界を思う

 明らかに空気感が変わった。

だというのに周りの景色には何の変化もなくて…それがとっても不気味だった。


「何かした…?」

「さぁ?どうじゃろうなぁ」


ニタニタと笑う龍神が少しだけ癪に障る。

だけど動けない。もう身体は動くけれど…動いたら何かまずいことになりそうな気がする。

はてさてその予想はいかに。


「ふむ?意外と冷静じゃのう?考える頭はあるようで何よりじゃ」

「褒めてる?」


「見下しとるのよ」

「そこまで行くとむしろすがすがしいね」


そんな和やかな会話を続けていたら視界の端でべリアちゃんの姿が見えた。

いつか見た炎の大剣を振りかぶっているので適当に腕を上げて防ぐ。


「余裕ねリリ」

「うん」


燃え盛る大剣が私の腕をとらえてはいるが全く痛みは感じないし、どれだけ力をこめられようとびくともしない。

ただこの時…私の中に油断はなかった。たぶん。

だけども私はべリアちゃんの…いやこの状況が引き起こすものを理解しきれていなかった。


「私はねあんたをここで倒す!レザの腕を持っていったあんたを…魔王様をたぶらかすアンタを許さない!」


熱い…確かに私はそう感じた。

今まで熱なんて感じたことは無かったのにべリアちゃんの剣を受け止めている右腕がどんどん熱を感じ取っていく。


「言うただろ人形。哀れ、神にもなれぬ者共はな神に祈るのだ。そしてその力の一端を神への舞として自らの力とする…その名を神楽」


そのあたりであまりの熱さに私が耐えられなくなった。

慌てて腕を振って剣をかわし、距離を取ろうとする。


「逃がすか!「神楽炎滅!」焼き燃え尽きろ!!」


剣を…身体を眩しいほどの炎で包みながらべリアちゃんの追撃が襲ってくる。

少し困惑していた私は慌てて腕から刃を出し受け止めようとしてしまった。

そして炎の大剣と私の刃がぶつかる瞬間にようやく私は思い出す…このべリアちゃんの力が神楽と呼ばれているだとしたら…私の刃は勇者くんの神楽に簡単に砕かれてしまったのに。


「…っ!!?」

「くらえぇええええええええ!!!」


当然の結果であるかのように私の刃はいとも簡単に砕かれ、その炎の大剣は私を襲う。


「ぐっ…うぁあああああああああ!?」


なんとか腕で受け止めたけれど熱による激痛が私の身体を走る。

こんなに身体が痛いのも、悲鳴をあげたのも転生して初めての経験で私の動きは完全に止まってしまっていた。


「油断したなリリ」


正面から声が聞こえた。

そちらを見るとレザが銃を私に向けて構えていた。

あの銃は以前受けたときは大した威力ではなかった…だけども今、同じような状況で私はべリアちゃんの炎に身を焼かれている。つまりそれは…。


「「神楽破滅」お前の腕を貰うぞ!」


銃から放たれた魔力の塊が、焼かれてる最中の私の右肩に着弾した。

耐えきれないほどの衝撃が襲い、焼かれていることで生じる激痛が急になくなった。

いや、私の右腕が肩から完全に消し飛んでしまっていた。


「腕が…!」

「二人ともよくやった」


鎌を地面に突き立てたアルギナさんが私を見ている。

その目には当然ながら友好的な色は一切感じられなくて…彼女に行動させるのはまずいと思い痛みも混乱も全てを無視してアルギナさんに突っ込んだ。


「これこれ、そこのページはまだ先じゃ。せっかちに生きるのはいかんぞ小童が」


少し進んだところで身体の動きが止まった。

前に進もうとしているのに一歩も動けない…それどころか指すら動かせなくて…アルギナさんの後ろ、いつの間に用意したのか無駄に豪華な椅子に座った龍神が楽しそうに笑っている。

そしてそれは明確な隙だった。


「「神楽妖滅」お前が今まで踏みにじって来たものの重さを知れ」


ありとあらゆる魔法が私を殴りつけた。

灼熱の炎で焼かれ、身体の全ての隙間から激流を流し込まれ、鋭く尖った無数の岩が身体を突き刺し、雷が全身を駆け巡り、竜巻に全身を切り刻まれた。

ようやく解放されたと思えば、私が放り投げられた先にべリアちゃんがいて炎の剣を叩きつけられる。

そこから逃げ出そうと少しでも抵抗を見せればレザに身体を打ち抜かれた。

なすがままにいたぶられ、壊されていく…まるで小さな子供に与えられた脆い安物の人形のように。


「あ、…が…ぅぁ…」


ようやく解放された私は今どんな状態になっているのだろうか?

どこを動かそうとしても動かない。

目も破壊されてしまったのか周りの景色も見えない。


「なんじゃもう終わりか。あっけないのう…やはり「惟神」まで使ったのはやりすぎだったか」

「いや、助かったよ。こいつに限ってはやりすぎて困るなんてことは無いからな」


「くかかかかかかか!相変わらず遊び心のないやつよ。ここまで一方的になってしまっては楽しくもなかろうに」

「遊びじゃないんだよ、こっちは」


「貴様のそういう遊び心の無さが…ワシらの領域に立てぬ理由よな」

「もとより立つつもりなんかない」


何か会話が聞こえるけれど…ほとんど聞き取ることができない。

死ぬ。

私はここで死ぬ。


前世から、そしてこの世界に人形として転生してからというもの私はずっと死にたいと思っていた。

生きることに意味なんてなくて…でも自分で終わらせることもできなくて…ただただ死を望んで…。

だけど最近ようやく…私は生きたいと思うようになった。

自由を奪われたことで世界が美しい事を知った。

生きることが楽しいと思えるようになった。

そして…一緒にいたいと思える人にも出会えた…だから私は生きたい…そう願ったとたんにこれだ。

ようやく死ねたと思った時には生かした癖に…生きたいと願えば奪う。

この世界はなんて酷いのだろうか…?結局私はこの身体の示す通り大きな何かに遊ばれるだけの人形なのだ。


ドクンとあるかもわからない心臓が跳ねた気がした。


そしてそれと同時に湧き上がってくるのは途方もない怒り。

そうだそれは私の一番嫌いなもの…私の自由を奪われたのだ。怒らないほうがどうかしてるだろ。

私はただの人形…だけどここに生きてるし生きていたいと願っている自由な私だ。

誰のものでもなく私は私の物なのだから…たとえ世界にも運命にも私の身体を弄ばれるなんて許せるはずがない。


あぁそうだ簡単なことだ…奪われるなら奪えばいいのだ。

許せないのなら排除するしかないのだ。


「ふ、…ふふふ…あは、っ…ははははは…」


それを理解した私の口からは自然と笑い声が漏れていた。


「おい、女狐」

「なんだ?」


「すまんな、確かに遊んでる暇はなかったようじゃ…まさかこうなるとはなぁ」

「何の話をしている」


「神が目覚めた」

「!?レザ!べリア!リリにとどめを刺せ!」


身体にさらに衝撃が走った。

だけどもう痛みは感じなかった。

それどころか不思議な高揚感に包まれていてとても気分が良かった。

さぁ始めましょう…私を奪おうとする世界から私を奪い返すために。

心に浮かんだ私のこの詩がきっと楽しい舞台を彩ってくれるはずだから。

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