第37話魔王は受け入れる

 無事にと言っていいのかは分からないけれどリリの報告と悪魔…メイラという名前だったかな?その子の処遇も無事に決まり解散となった。

そして今はアルギナが何か言いたげな様子だったので二人っきりで軽く食事をしていた。

私も少し話があったからちょうどいい。


「アルギナ、なにか言いたいことでもあるの?」

「…その喋り方…どういうつもりだ」


「どういうつもりも何もこっちが素だって知ってるでしょう?今まではアルギナの真似をしてただけ」

「なんで今になって、と聞いている」


「なんとなくわかってるでしょう?…魔王、辞めようと思ってさ」


カチャンとアルギナがナイフとフォークを置いた。

問い詰めるような視線を感じたけれど、私はあえてその目を見ずに食事を続ける。


「それがどういう意味か分かって言っているのか?」

「うん」


「アルソフィア、お前が魔王になることの意味は先に説明したな。そしてそれを受け入れて今までやってきたはずだ」


魔王様でなくあえてアルソフィアと私の名前を呼んだのは彼女なりの腹を割って話そうという意志表示なのだろうか。


「そうだね…今まで必死にやって来たよ。でもその結果がアレ」


アレとは言うまでもなく最近立て続けに起こった反乱事件の事だ。


「アレは誰のせいでもない。起こるべくして起こった仕方がない事だ」

「うそ。あれは私が魔王だから起こった事件だよ。アルギナだってわかってるはずでしょうに」


「考え方が間違っている。今の魔界にお前以上に魔王に相応しい者はいない。そしてそのお前が魔王であるために起こったことは仕方がない事なんだ。お前のせいじゃない」


アルギナの言っていることもわかる。

だけど…それでも私の心はもう離れているのだ。


「先代魔王だったらそもそも反逆なんてされなかったし、されたとしても返り討ちにできてたよね」

「だが先代魔王があのまま統治を続けていたら魔界はすでに滅んでいてもおかしくない。それはお前もわかるだろう」


「私がやってたって変わらないよ…アルギナたちがいなければ自分の身を守ることすら出来ないのに」

「だから私たちがいるんじゃないか」


「私を助けてくれたのはリリだよ」


派手な音を立ててアルギナの前にあった食器やグラスが割れた。


「あいつは助けてなんていない。好き勝手に暴れただけだ!現にあいつが余計に魔族を殺したせいで様々なところに影響が出ている!」

「そうだね」


「それが分かっておきながらお前は!」

「リリがいなかったとして…そうだね魔族のみんなは死ななかったね…だけど私は?」


最初にガグレールが反乱を起こした時も、その次も…リリがいなかったら私はどうなっていた?


「私はきっと…」

「死にはしなかった!そのために私たちがいるんだ!レザやべリアにレイもだ!」


「死ななければいいなんて私は…思えないよ。確かに君たちはみんな私のために頑張ってくれる…だけど私を優先してはくれない。この前だってそう、私が殺される寸前まで行ってもキミたちはことが終わらないと民には手を出さない…ねぇ私は強くないんだよ!普通のただの小娘なんだよ!大怪我するってだけで震えが止まらなくなって涙があふれてくるんだよ!強いアルギナたちにはわからないでしょうけどね…」


「お前は…魔王だ、だからそれを乗り越えて、」

「それが無理だから私は辞めるって言ってるんだよ」


結局はそこに行きついてしまうのだ。

きっと私のこの気持ちはアルギナには伝わらない。

どこまで行っても私は弱くて惨めな小娘なんだ。

魔王の自覚を持てと、強くあれと言葉で言うだけなら簡単だ…いや、それを簡単に言葉にして誰かにぶつけることができるのはそれができる強い人なのだ。

アルギナは私の母親のような人だしレザとべリアも大切な友人だ…だけれど私が本当に欲していたのは…弱い私を好きでいてくれて…そして助けてくれる王子様だから。

そんな私は結局…、


「魔王なんて向いてないんだよ」

「お前が魔王の座を降りたらどうなるか…わかっているのか」


「私は魔界の未来を背負えるような器じゃない。自分一人の事でこんなに精一杯なのにね」

「…考えを改める気はないのか」


「一つだけ条件をのんでくれるのなら私は魔王を続けるよ」

「それはなんだ」


こちらを食い入るように見つめてくるアルギナ。

でもきっとこれから私が口にしようとしていることに彼女は反発するだろう。

だけれど、もうしょうがないのだ。

これまで必死につけてきた魔王という張りぼての仮面が剝がれてしまった私が魔王を続けるにはもうこれしかないから。


「リリを私の直属にする」


_________


アルギナは何も言わなかった。

今はこれ以上言葉を交わしても無駄だと思った私はアルギナを残して自分の部屋に向かっていた。

きっと彼女は近いうちにリリに対して何かアクションを起こすだろう。

だけどきっとリリは乗り越えてくれる…だってリリは…。


何かひんやりとした硬い物が私の背後から包み込むように抱き着いてきた。

この感覚はリリのものだ。


「どうしたのリリ」

「マオちゃん…今時間ある?」


「うんあるよ」

「そっか…ねぇお部屋に行ってもいい?」


リリは痛いほどに私の身体を締め付けている。

弱気…というよりは何か不安なことがあるとか悩みがあるとかそういったことのように感じた。

今このままリリが本気で私を抱きしめれば簡単に全身を砕かれて殺されてしまうだろう。

だけど恐怖は感じなかった。

だってリリは私の…王子様だから。

怖い時に助けてくれる強くて、私を好きでいてくれる王子様。

そんな彼女が私を頼ってくれているのだ…こんなに素敵なことはない。

ゾクゾクとした何かが身体中を駆け巡る。

この気持ちにもし名前を付けるとしたらそれはなんだろうか?

その答えはとっくにわかっていた。

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