第35話神が舞い降りた地で

 ザナドは今までにないほどに気分が高揚していた。

大声で叫びたいほどに、今にでも走り出してしまいたいほどに高ぶっていた。


「実に…実に素晴らしい!勇者が「神楽」に目覚めた…これでこの力の謎を解き明かすピースが一つ増えた!そして極めつけは…」


ザナドは勢いよく両手を広げ天を仰ぐ。

その顔は恍惚としていて、その瞳からは涙が流れていた。


「ついに見つけた…彼女こそ私の神だ!!あの美しさ…強さ…そして恐怖…!」


全てあの夢で見た神そのものだった。


「あぁ…あぁ…ああ!知りたい彼女の事が!そしてこの身を捧げたい…私の神…」


その心を支配していたのは一体の人形。

先の戦いではかなりの被害が神都を襲った。

どういうわけか草木は枯れ、家畜も死に環境が大きく変わってしまった。

地面もかなりの面積が割れて溝になってしまったし、建物も相当の数が崩れた…このままでは寝床の問題はもちろんの事、食糧面でも問題が出てくるだろう。

だがそんなことは些細なことだとザナドは思っていた。

全ては神に出会えた、そのための小さな対価だと本気で思っていたのだ。


「しかし勇者を助けたのはやはり不敬だったでしょうか…どうしても「神楽」のサンプルが欲しかったので助けてしまったのですが…」


あの時、神に睨まれたのを思い出すと今でも身体が謎の恐怖で震えあがる。

しかし同時にゾクゾクとした高揚感もせりあがってくる。


「ふぅ…ある程度で力の解明が進んだら勇者を差し出し許しを請わねば…ふふふっ…我が神は私を迎え入れてくれるでしょうか…いえ、そこは私の努力すべきところ。精進あるのみですね」


一人笑みを浮かべるザナドの元にローブをかぶった部下が現れる。


「ザナド様、聖女様がお会いになりたいとの事です」

「フリメラがですか?通してください」


水を差されたと少しだけ不機嫌になりつつもザナドはフリメラを迎え入れた。


(彼女は神の力を至近距離で受けた影響でしばらく療養しているはずでしたが…ふむ)


あの時、リリの力を間近で受けたものはほとんどがその命を散らしていた。

恐怖が限界を超え、自然と死を身体が選択してしまったのだ。

生き残ったのは一部だけ…強い精神を持っていたものだけであった。

勇者達もその一部…しかし影響は大きく、レクトやアグスは未だに目が覚めていなかった。

そんな状況でいち早く目を覚ましたフリメラがそのままここに来たということは優先度が高い話なのだろうとザナドはあたりをつけていた。


「教主様」

「無事に目覚めたようで何よりですフリメラ。体調はどうですか?」


「はい、いまのところ大丈夫です…あの今少しだけお話をさせてもらってもいいでしょうか」

「構いませんよ。ちょうど暇していたところですから」


ザナドは心にもない言葉を吐き出しながら、にっこりと笑う。

そんな彼を見てフリメラは震える手で首にかけていたネックレスをザナドに差し出した。


「…どういうつもりですか?」

「これを…お返しします」


そのネックレスは聖なる力が込められたザナドのお手製であり、聖女としてフリメラが旅立った時に彼女にその証として送られたものだった。


「ふむ…また急ですね。理由を聞いてもいいですか?」

「私は…聖女であることをやめなくてはいけないのです…」


「どうしてですか?」

「あの時…私は何もできませんでした…戦いに挑んだのに傷をつける事すら敵わずに…そして最後のあの時…恐怖で立ち上がることすら出来なくなりました」


フリメラが言っているのは間違いなくあの時の事だろう。

回収された彼女はひどい状況だった、涙や鼻水…それと下半身もいろいろと大変なことになっていた。


(そんな自分を許せずに…といったところか…馬鹿らしい)


ザナドはどう言いくるめるかに思案を巡らせる。


「つまりその失態に責任を感じて…ということですね?」


能力面で言うのなら彼女ほど優秀な者はなかなかいない…フリメラはザナドの裏の顔を知らないが失うにはかなり惜しい人材であり、聖女を何とか続けて欲しかった。

だから説得しようとザナドは口を開こうとしたが、それより前にフリメラが口を開き、意外なことを言った。


「いえ…違うんです…違うのです教主様…!」

「…違うとは?」


「あの時私は…あのパペットを見て…怖くて怖くて仕方がなかった…はずなのに!あんなに邪悪なはず存在をみて私は…あのパペットを…いえ、あの方をなんて神々しいのだろうと思ってしまったのです…」


ザナドの思考が一瞬止まった。

その間にもフリメラの懺悔は続いていく。


「人を大量に殺したのに…罪のない少女を悪魔に変えたにも関わらず…私の心はあの方に囚われてしまったのです…!!何度振り払っても私の中のこの心は消えてくれないのです!あの美しいお方こそ私の神だと…理解してしまったのです…」


フリメラの頬を涙が伝い、床を濡らしていく。


「私は教主様の教えに背き…あろうことか邪教に身を堕としてしまいました…だからもう聖女を名乗るわけにはいかないのです…申しわけありません…」


その懺悔を聞き終えたザナドは…笑いをこらえることができなかった。


「くくく…あははは…はーっははははははははは!」

「教主…様?」


そして次にありったけの拍手を送る。


「素晴らしい!やはりキミは有能だ!安心なさい、キミは間違いなく聖女だ!それもとびっきり優秀なね!いや、まずは謝罪を。君を侮っていました…所詮は神の何たるかを理解できないものだとしてね…本当に申し訳ない、心からの謝罪を」

「教主様!?顔を上げてください!謝るのは私のほうで…」


「いやいや、フリメラが謝ることなど何一つとしてありませんよ。そして許してくれるというのならばあなたを真の同士だと認め迎え入れましょう!さぁ私と共に来るのです。あなたこそ真の聖女だ」


フリメラは困惑していた。

本来なら糾弾され…最悪はこの場で処刑されることすら考えていた。

なのに実際はどうだ、目の前の敬愛する教主は今まで見たことないような…初めて見せる心からの笑顔で自分の事を迎え入れてくれようとしている。

わけもわからず…フリメラはその手を取った。


「よろしい。ならば真の同士であるあなたに教えましょう…私の本当の目的と…事の顛末について」

「顛末…?」


「ああそれと、あなたの心の棘を少しだけ抜くために一つだけ今この場で訂正をしておきましょう。あの少女を悪魔に変えたのは我らが神ではありません…黒の使徒と呼ばれる邪教徒です」

「…え?」


「これから忙しくなりますよ…しかしきっと神は我らに祝福を授けてくれるでしょう!ははははははははははは!」


ザナドの笑い声がこだまする。

そして今日、この場所で人形の神を崇拝する聖女が誕生した。

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