第34話人形少女は本気を出す

 なにやら覚醒パワーを身に着けた勇者くんはやたら強かった…というか厄介になった。

まずその輪ゴム剣の威力がだいぶ上がってしまって私の刃をバキバキに砕いていく。

別に刃を壊されても私にダメージはないし、すぐに作り直せもするんだけれど…剣を受け止められないというのはなかなかに厄介で…普通に腕で受けても大丈夫そうな感じではあるけれど…絶対痛いから嫌だ!


「はぁああああ!!」

「あぁもう!しつこい!」


メイラちゃんが巻き込まれないように適度に守りつつだから動きづらいっていうのに、そこに大男と聖職者ちゃんが横やりを入れてくるものだから本当にめんどくさい!


「この力で、あなたを止める…!」

「止めるって何さ!」


キミたちが何もしなければこっちだって何もしないと言っているのになんでわかってくれないのか…。


「だいたい私がここで君に止められたとして…じゃあメイラちゃんはどうするのさ?さっきも言ったけれど私の目的はメイラちゃんを逃がしてあげる事…それを邪魔するってことは勇者くんはメイラちゃんに死んでほしいってことなんだね?」

「そうじゃない!」


「じゃあどういうつもりなのさ」

「彼女の事は俺たちが何とかする!今はあなたを止めることが俺のやることだ!」


はぁ…なんだかもう…なんかもうね…あ~あ…。

勇者くんが振り下ろした剣をそのまま身体で受け止めた。

思った通りめちゃくちゃ痛くなってる。だけれどそれで何かがおこるでもない。


「なんか…もういいや。シラケちゃった」

「なに…?」


「もううざいんだよキミ。彼女の事は何とかする?何とかってなにさ、結局殺すんでしょ?馬鹿馬鹿しい。最初に会った時もそうだけれど…薄っぺらいんだよお前。綺麗な言葉は綺麗だけれど、中身が安っぽいんじゃ張りぼてなんだよ、メッキなんだよ。そんなもんで生きたいって人を…その子に生きて欲しいってこんな私に願った人の気持ちを踏み荒らすんじゃねえ」


自分でもわかるほどに心がすさんでいるのがわかる。

それも操り人形として過ごしてきたときの感じじゃなくて…ただただ無駄な人生だった前世の頃のような感じだ。

とても気分が悪い。吐くことはたぶん今の私の身体ではできないけれど吐きそうだ。

いろいろ気を使ってたけど…どうでもいい。もう、終わりにしよう。


「殺すなら殺すってちゃんと口にして殺しなよ。綺麗事に逃げて美化するな。だから私はここで言うよ。キミを殺す」

「っ!?」


何かを感じたのか慌てて勇者くんが私から離れた。

でももう遅い。


「これはキミが招いた結果だ。私は最初から何もしてないし、何もしないって言ってた。それを聞かなかったのはキミたちだ」


身体中から魔力をかき集めて外に放出していく。

私は自由になってからただの一度も本気で戦ったりしたことは無かった。

だから自分がどれだけのことができるのかは知らない…だけど人を一人殺すことくらいなら簡単にできるだろう。


「あ…あぁ、ひっ…な、なんなのこの力…」


聖職者ちゃんが私を見てぺたりと座り込んだ。

それどころか…青っぽい服を着ているからよく目立つけれど下半身から少しづつ水に濡れたようなシミが広がって行っている。

大男も腰を抜かしたように座り込んでいる。

いや、よく見るとちらほらいた騎士の人たちも座り込んで…いや気を失って倒れていた。

例外は二人、目の前にいる勇者くんと…最初っからずっと遠くからこっちを見ている教主とかいう人だけだ。

そして勇者くんは剣を地面に突き立てて、それを支えに立っているようだった。

割と限界だっていうのがよくわかる…というのも勇者くんが例の「神楽」とか言う力を使ってから彼との間になにか不思議なつながりがあるような感じがしているのだ。

少しだけこれがなんなのか知りたい気持ちがあるけれど、もう勇者くんは死んでしまうので調べられないのが残念だ。


「覚悟はできた?」


一歩

二歩

三歩

少しずつ勇者くんに近づいていく。


「あ…、ひっ…」

「覚悟はできたかって聞いてるの、聞こえてる?」


そしてまた一歩、勇者くんに向かって進む。

勇者くんは口を開こうとはしているけれど何も喋らない。


「どこまでもキミは私をイライラさせるね。無視されるのは嫌いだよ?」


何故かは知らないけれど空から鳥が落ちてきた…どうやら死んでいるようだ。

草も花も木も枯れていく。

でも私が気にすることではないので歩みを進めていく。

そして勇者くんの目前、数十センチの距離まで近づいた。


「じゃあ…死のうか。正直…もっと戦いみたいな感じになると思ったのに誰も動かなくなるなんてびっくりだよ。拍子抜けした、これに懲りたら今度からもう少し人の気持ちを考えて発言したほうがいいよ…じゃあね、来世までおやすみ」


腕を振り上げて振り下ろす。

刃なんていらない、彼の頭をつぶすのにそんなものを使う必要なんてないのだから。

その私の腕は地面にぶつかり…衝撃を起こした。

地面を割って、建物を崩す。その衝撃はかなり遠くまで広がったみたいでいろいろとめちゃくちゃになってしまったようだ。

何人か人を巻き込んでしまった感じもした。

しかし肝心の勇者くんには逃げられてしまった。

目の前からその姿が消えてしまったのだ。


「・・・」


私は相変わらず遠くからこちらの様子を伺っていた教主のいる場所を睨んだ。

彼が何かをして勇者くんを逃がしたのだ。

私には見えているけれど…この距離から向こうも見えているのかは疑問だが見えているんでしょうね。

追撃しようかと悩んでいたところ、袖を掴まれた。


「あら、メイラちゃん」


可愛そうなほど震えているメイラちゃんが私の袖を掴んでいた。


「も、もう…今なら…逃げられるんじゃ、ないでしょうか…」

「うん?」


逃げる?はて…なぜ逃げるなんてことになるのか…?


あ、そうだ!逃げるんだ!メイラちゃんを逃がすのが目的だった!

…完全に忘れてたな。

いいや忘れてないね!この状況を作って逃げる手はずだったんだよ最初からね!


「よし行こう!すぐに行こう!」


そのまま腕を掴んで引っ張るのだけれどメイラちゃんは座り込んだまま動かない。


「す、すみません…腰が…」

「あらら、抜けちゃったの?」


「ご、ごめんなさい…」


無理もないね。

普通の女の子だったのにいきなり戦いに巻き込まれちゃったんだもん…そりゃ腰位抜かすよね。

私はメイラちゃんをお姫様抱っこで持ち上げると出口に向かって歩き出した。

割とゆっくり歩いていたけれど誰も私を止めなかった。

唯一聖職者ちゃんだけが、


「ま、待って…」


と弱弱しくこちらに手を伸ばしていたけれど動けないみたいだったので放っておいた。

さすがに空間移動を見られたくはないからそのまま人のいない場所までゆっくり歩いて行ったとさ。

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