第32話悪魔少女は神様を見る
「おい、いたか!?」
「いやいない!」
「くそっ!どこに行ったんだ…あんな邪悪な悪魔をこれ以上放置することはできない」
「ああ、民のためにも正義を!」
騎士達は未だにメイラを探し、走り回っていた。
「・・・」
「声を出すなよ…大丈夫だから」
メイラは口元を押さえられた状態で物陰でじっとしていた。
やがて足音が遠ざかると、手が離されメイラは解放される。
「なんで…ここに…お父さん、お母さん…」
メイラを庇った人物は、その両親だった。
二人は血の棘に刺される危険性も顧みず、娘を探し走り回っていたのだ。
「なんで?決まってるだろう!お前を探してたんだ!」
「そうだよ!心配したんだから、このおバカ!」
メイラは涙が止まらなかった。ぽろぽろと血に汚れた頬を涙が流れていく。
「おとっ…さ、ん…おかぁ…さん…私…わたし…ひ、人を…ひとを…!あぁ…うぅう…!」
二人から距離を取ろうとするメイラを両親は抱きしめた。
「大丈夫だメイラ…泣くな。きっとなんとかなる」
「あたしたちがついてるから」
そんなただ娘を思った両親の行動…それがさらにメイラを追い込んでいく。
なぜなら彼女はそんな二人の事すら…美味しそうと感じてしまうのだから。
「だめ…二人とも…私…もう、普通じゃない…おいしそうに見えるの…人が…美味しい食べものにしか見えないの…!だから生きてちゃいけない…私、騎士様達のところに行く…」
「馬鹿を言うな!たとえどうなろうとお前は俺たちの娘だ!」
「そうよ!三人でとにかくここを出るの!そうすればきっとあなたを元に戻す方法がきっと見つかるわ」
そんなわけない。
自分が外に出るときっともっと酷いことになる。両親だって指名手配されてきっとまともな生活なんて二度と送れなくなるだろう。
そして最悪自分が両親の事を…。
だからメイラは死ななくてはいけない、これ以上被害が広がる前に。
たくさんの人がメイラのせいで死んだ、だからみんなのためにも…。
みんな…?
みんなって…誰?私の事を悪魔憑きと呼んで蔑み、嘲笑った人たち…?
そんな人たちのために私は死ぬの…?
ちがう、そんなこと考えるな、私はこの大切な両親のために死ぬんだ。
それが正解でそれが一番いい事のはずなのに、涙と共にあふれる心が止まらない。
「死にたくない…死にたくないよぉ…」
「当たり前だ!お前は何も悪くない…三人で生きるんだ!」
「そろそろ行きましょう、あまり長居するのはよくないわ」
二人はメイラに身体を覆い隠すローブを着せ、神都の外に向かって走り出した。
「残念ですが、外に出すわけにはさすがにいかないのですよねぇ」
その光景を遠くから見つめていたザナドが秘密裏に魔法で部下に連絡を取る。
「神聖騎士達と勇者を南門の近くに呼びなさい…えぇ全員殺して構いません。サンプルは充分に取れましたからね」
そんな指示が出されたとも知らず、三人は自由を求めて走り続ける。
そして…出口までもうあとわずかというところで父親が背後から切りつけられた。
「ぐわっ…!」
「お父さん!」
「あなた!」
肩から背中にかけて切り裂かれた父親だったが、一切ひるまず二人を押しながら駆けていく。
「止まるな!走れぇ!」
騎士の一人がそんな三人に向けて槍を投げる。
「っ!」
今度は一瞬だけ早く反応した母親が二人を突き飛ばす。
結果として母親の脇腹を槍が削り、抉る。
「あぁ…っ!」
「ぐっ…大丈夫…か!!」
怪我をした両親が動けなくなり、騎士たちはここぞとばかりに三人に接近していく。
「やめて…やめてぇええええええ!!」
無我夢中でメイラは自分の指の先を噛みきり、血を流しばらまく。
血の雫は巨大な棘となり、騎士たちを阻む壁となった。
「お父さん…!お母さん!しっかりして…ねぇ!」
「大丈夫…大丈夫だ…」
両親は口から血を吐き出しながらもメイラを気遣い続ける。
どう見ても致命傷だがメイラにはどうすることもできなかった。
「逃げなさい…メイラ…逃げるの…」
「二人をおいてなんていけないよ!」
「あぁ…すぐに追いつくから…先に行くんだ…」
「行けない…いけないよぉ…」
もはやどうすることもできない…両親がそう思った時、棘に囲まれたその場所に底抜けに明るい声が響いた。
「やほやっほー!」
メイラは突然現れた声の主を見て絶句した。
それは恐ろしいほどに美しく見えた。
さらさらと流れる黒髪も、笑顔をうかべた白い顔も、それを構成するすべてが…いや纏う雰囲気でさえ美しく見えた。
そしてメイラはその声に聞き覚えがあった。
「リリ…さん…?」
「うむ。リリさんだよ~メイラちゃん随分見た目変わったね~」
ほんの少し前まで行動を共にしていたリリ、その人だった。
「ど、どうしてここに…」
「うん?なんか戻ってきたら大変なことになってたから~いろいろ痕跡を追いかけてみたらここに~みたいな?」
リリはぐるっと辺りを見渡すと、数回頷いた。
「いろいろ状況を見る限り…この騒動の原因はメイラちゃんだ!」
リリがびしっとその指をメイラに向けた。
三人の視線はその指に向けられ、父親がゆっくりと口を開く。
「キミ…その指は…」
「およ?…あ。手袋するの忘れてた」
剥き出しになったその指はシルエットだけ見れば人の物だったが、その関節部分が人のそれではないことを示していた。
「やっぱり…人間じゃない…」
「あら、やっぱりって?気づいてたんだ?」
「あ、いえ…その…」
「まぁいいか…メイラちゃんも人間じゃないみたいだし」
にこにこと笑いながら、そんな事を言うリリにメイラは何も言い返すことができなかった。
そんな時、メイラの両親が身体を引きずりながら、リリに縋り付いた。
「ん?なに?」
「お願いだ…メイラを…」
「私たちの娘を助けてください…!」
「え~?それを私に頼むの?」
それはまさに縋り付くような思いだった。
死を前にして、二人はこの場に現れた、異質な空気を放つ人ならざる者に全てを賭けた。
助けてくれるという確信も、何とかなるという自信もない…しかしもうそれしかないから小さな可能性でも二人は「リリがメイラを助けてくれるかもしれない」という希望に賭けるしかなかったのだ。
「もう君しかいないんだ…」
「お願いします…」
そんな二人をリリは感情の読めない瞳で見つめる。
「う~ん…ねえ聞いていい?どうしてそこまでしてメイラちゃんに助かってほしいの?実際には見てないから何とも言えないけれど…いっぱい人が死んでたのってメイラちゃんのせいでしょう?それに人も食べてた…んだよね?たぶん。そんな子に助かってほしいの?そんな怪我をしてまで?」
リリの二人に投げかけた言葉は、メイラの胸の奥に突き刺さる。
そうだ、両親が私を助ける理由なんてないのだ…なのにどうして、と。
「当たり前だ…」
「この子だけは…死なせられないの…」
「それはどうして?」
「「大切な娘だから」」
声をそろえて両親は言い切った。
その瞳はまっすぐにリリに向けられていて…。
「この子が産まれた時…心底嬉しかった。この子を守るために俺は生きるんだと思った」
「私もです…たとえ何があろうとこの子は世界の何よりも大切な私達の娘です。それ以上の理由なんてありません」
「それが人喰いの化け物だったとしても?」
「それでも娘です」
「家族とは…そういうものだ…キミにもそういう人はいなかったのかい…?」
リリはゆっくりと目を閉じると一瞬だけ悲しそうな顔を見せた。
それはほんの一瞬で、すぐにいつもの微笑みを浮かべた。
「私にもそんな人がいれば…今こんなところにはいなかったのかもね…いいよ、わかった。家族について教えてくれたのと、泊めてくれたお礼だ。あなた達の願い。私が叶えてあげようじゃないか」
リリがにっこりと笑った。
その瞬間、その場にいた三人はこの、人ならざる者が神々しく…いやまさに神様に見えた。
「あぁ…神様…」
「娘をどうか…」
「神様じゃないけれど、うん…これでも約束は守るほうだ、たぶんね。だから安心して」
両親の腕から力が抜けて、地面に倒れた。
メイラは二人に泣きつく。
「嫌…いかないで二人とも…わたし…わたし…!」
「メイラ…生きなさい。お前が生きていてくれたのなら…俺たちは他に何もいらない…」
「私の可愛い娘…あなたの未来に幸があらんことを…」
二人の目から光が消え、身体から力が抜ける。
声を上げて泣くメイラをリリは静かに見守っていた。
やがて泣きやんだメイラは両親の腕を掴み、口元に近づけていく。
「食べるの?」
「はい…このままにしててもきっと誰も送ってはくれないから…」
「そっか」
リリはメイラ達から視線を外し、後ろを向いた。
「お父さん、お母さん…ずっと一緒だよ。いただきます」
しばらくの間、静かな咀嚼音が悲しげに空にこだましていた。
「終わりました。リリさん、ありがとうございます」
「いいよ…さてじゃあ行きますか」
「お手伝いしたほうがいいですか?」
「お、乗り気だね…戦えるの?」
「わかりません…」
「そっかそっか。まぁでもいいよ。約束しちゃったし、ここは私にお任せお任せ~」
「ごめんなさい…」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ~。ほら、そんな暗い顔してないでポジティブに行きましょう~。どうしてそうなっちゃったのかは分からないけどさ。なってしまったものは仕方がない!割り切っていこう~。生きたいんでしょ?」
生きたい。
それはメイラの本心からの願いだった。
死にたくはない、何より自分のために死んだ両親のためにも生きなければいけない。
「はい、私は生きたいです」
「うんうん。じゃあ存分に生きましょう。住めば都、笑えば天国、おもしろきこともなき世をおもしろく、どんなものでも楽しく見ればいとをかし…適当だけどリリさんのありがたいお言葉だよ。胸に刻みたまえ~」
その言葉はメイラにはもちろん微塵も意味が分からなかったし、発言したリリ自身も適当なのでよくわかっていなかった。
だけど不思議と二人は笑っていた。
「ではでは行きますか~」
リリは不思議な感覚を感じていた。
いつもより力が湧いてくるような不思議な感覚。
力がどこからともなく湧いてくる…とても機嫌がいい。
「神様なんて柄じゃないけれど、願われた以上は叶えないとね」
そのタイミングで、巨大な光の柱が血の棘を砕いた。
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