第29話悪魔少女は食べる
「…おなか、すいた」
悪魔と化したメイラが初めて発した言葉はそれだった。
彼女を観察していた黒の使徒たちは小さく笑い声をあげた。
「最初に訴えるのが食欲とは…これはこれは」
「適性があったとはいえ身分もないような小娘だ。田舎臭さは抜けんのかもしれんな」
「ははは、まぁ所詮は贄だ。我々選ばれた者とは格が違うということだ」
「違いない。とりあえず軽く食料でも渡しておけ」
「あいよ」
黒の使徒のひとりが串に刺さった肉をメイラに近づけた。
それをうつろな瞳で見つめるメイラは大きく口を開け、男の手首ごと肉串を一口で食べきった。
「…は?」
男は何が起こったかわからず、血が噴き出す自分の腕を見て困惑している。
メイラは口元を両手で隠しながら口に含んだものを咀嚼していく。肉を噛む音に加えて骨をかみ砕く音までしてくる。
やがて口の中の物を飲み込み、血でぬれた唇を舌で一舐めすると満足そうに笑った。
「おいしい…もっと、もっと…たべる…」
メイラの瞳が先ほど手首を食いちぎった男に向けられる。
「ひっ…!」
「おにく…たべる…!」
再び大きく口を開けたメイラが男の肩に食いついた。
「うわぁああああ!?」
「どうした!?」
「な、お前腕が!?」
そうしている間にメイラが男の肩を食いちぎり、すぐさま咀嚼と嚥下を済ませると肉のついた腕、腹…そして首と恐ろしいスピードで食い荒らしていく。
「あばっ…ごぶぁ!いだいいだいだい!た、助けてくれぇええええ!」
その叫びを最後に喉を食いちぎられた男は痙攣しながら倒れ、やがて動かなくなった。
その間もメイラはひたすら食事を続けていた。
「な、なんだ、何が起こっている!?」
「落ち着け!こんな時のためにやつを抑え込む術を教えてもらっている!」
「そうだ急げ!早くしないとアレが…」
男たちがメイラに意識を向けたとき、メイラもまた男たちを見ていた。
舌で指についた血を舐めとりながら、思わず見とれてしまいそうなほど美しい顔で微笑んでいる。
そしてその蠱惑的な血濡れた口が開く。
「お、にく…いっぱい…くすくす」
「ひぃっ!おい!早く術を…」
そう叫んだ男が次のメイラのご飯に選ばれた。
先ほどの食事で首を食いちぎれば獲物が動かなくなると理解したのか真っ先に首に飛びつき、食いちぎる。
「くすくすくす…とってもおいしい…」
「うわぁああああ!急げ!早くこいつを止めろ!!!」
男たちがメイラを取り囲み、呪文を唱えて手をかざす。
そうするとメイラはぴたりと動きを止めた。
「やったか…?」
「くそっ!てこずらせやがってこの…!」
「やめておけ!…とにかく早く運び出すんだ。騒ぎになるぞ」
「とりあえず鎖で縛りあげて…口も塞いでおこう。また暴れだしたらたまらん」
撤収の準備を始める男たちだったが彼は気づいていなかった。
メイラのその両の瞳が妖しい光を放っていたことに。
「おい、口を塞ぐのってこの布でいいのか?…なぁおい」
荷物を探っていた男の一人が後ろにいるはずの仲間に声をかけるも返事は返ってこない。
「おい、これでいいのかって聞いてるだ…ろ…」
不審に思った男が後ろを振り向くと、そこに悪魔がいた。
真っ赤な目を爛々と輝かせ、にこにこと笑いながら男を見ている。
「くすくすくす」
「な、なんで…どうやってあの術から抜け出して…」
それに仲間たちはどうしたのか…言葉にすることができなかったその疑問の答えはすぐに分かった。
メイラの背後、そこに皆いた。
空中にどうやっているのか全員浮かんでいた。
四肢は力なく垂れ下がり完全に脱力しているように見える…いや違う。
男は気づいてしまった…空中に浮かんでいる全員、よく見ると首と胴体が切り離されていることに。
そして男もまた自分の首に違和感を感じ始めた。
「うっ…ぐぁ…なんだこれっ!」
メイラはただ微笑んでいる。無邪気な少女のように…妖艶な美女の様に。
男の身体はひとりでに空中に持ち上げられていく。
そして仲間たちと同じ高さまで釣りあげられると、強烈な激痛が襲った。
頭と胴体を大きな手で掴まれて逆方向に引っ張られているような感覚。
「あがががああああああ!!や、やめ…やべて…!」
必死に抵抗しようとするも全てなんの意味もなせず…男の口から洩れる懇願の声もメイラのくすくすという笑い声に溶けて消えていく。
そこから数秒後、男の首と胴体は別れを告げたのだった。
そんな状況をはたから見ていた男、ザナドはこの状況の分析をしていた。
そして一つの答えを出していた。
(まさかあれは…神の目か?完全に覚醒して使いこなしている…悪魔化がきっかけで目覚めたと?挙動を見る限り視力も戻っているようですし…できればサンプルとして生きたまま捕獲したかったですが難しいか)
メイラが食事をする音だけが教会に響く。
嬉しそうに肉を食らうその姿は獣のように恐ろしく…しかし一方で美しかった。
(とりあえず騎士団に連絡を…さすがに外に出すのはまずいでしょうからね)
ザナドは魔法を発動させ部下に連絡を取ろうとした。
「…あはっ!」
ザナドが隠れていた柱に衝撃が走り、真っ二つに割れた。
「おっと、まさか魔力を探知する能力でもあるんですかね?」
「あたらし、い…おにく…あっはあ!」
おそろしいスピードでメイラがザナドに襲い掛かる。
しかしザナドは軽い身のこなしで軽く避ける。
「ふむ…私の事を食料扱いですか…面倒を見てあげたのに悲しい物ですね」
「うふふふふ…あははは!」
「まぁ仕方がないですね。これでも腕には覚えがあるのですよ?私が手を下す予定はありませんでしたが襲ってくるのではしょうがないというもの…これができる者は数えるくらいしかいないのですよ?光栄に思ってください」
ザナドが何かに祈るように両手を組む。
そうするとザナドを中心に大気が震えだし、その力が増大していく。
「…うぅ?」
「さぁ見るがいい。これが我が力…「神楽葬送」」
ザナドのその力が解き放たれようとした時、教会の扉が勢いよく開かれた。
何者かが教会に入ってきたのを感じ取ったザナドが腕を降ろす。
「おっと」
ふっ、と跡形もなくザナドに集まっていた力が霧散し、その痕跡を消し去った。
「これは…酷い…」
「教主様!?ご無事ですか!」
それは勇者レクトと聖女フリメラ…
メイラを追いかけていた二人が到着したのだ。
二人を歓迎したのは濃厚な血と臓器…今しがた産まれたばかりの死の匂いだった。
「…助かりました。手をかしてください!勇者殿!」
レクトとフリメラがザナドに並び立ち、メイラと対峙する。
「なんですかこの邪悪な気配は…」
「まってこの顔って…」
「説明は後です、彼女を外に出すわけにはいきません。私は神聖騎士たちを呼び寄せますので時間を稼いでいただけますか」
「そんなこと言ったって…!」
「レクトさん!きます!」
「おにくが、いっぱいぃぃいい!」
黒いオーラのようなものをまき散らしながら、歓喜に震えるメイラが勇者たちに牙を剥むいた。
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