第22話人々は暗躍する

「カラスが戻らない」


神都のどこか…すでに日は登っているというのに、薄暗い闇に潜む男たちがいた。


「戻らないとは?」

「昨夜、俺たちが潜入する際に衛兵を二人ほど殺したのだが…カラスにはその死体の後始末を頼んでいた。死体が出なければしばらくは我らの潜入をごまかせるからな…」

「ふむ…だがそのカラスが戻ってこないと…逃げたか?」

「まさか!あの男は金にがめつい…この仕事の成功報酬を蹴ってまで逃げ出すわけがない」

「何かトラブルに巻き込まれたか?危険だが少し探してみるか?」


男たちはそれからもしばらくカラスをどうするかで話し合いを続けていたが、扉をノックする音がそれを中断させた。


「・・・」


しかし男たちは物音ひとつ立てず、その場でじっとしている。


「全ては我らが神のために」


扉の向こうで、小声でそんな声がした。

それを聞いた男の一人がようやく動き出し、扉を開ける。


「おお、オオカミ戻ったか」

「ああ」


扉を叩いたのはオオカミと呼ばれた彼らの仲間だった。


「オオカミよ資材の調達は順調か?」

「いや…まずいことになった」


オオカミは少し慌てた様子で部屋の中央に歩いていき、一枚の紙を広げた。

それは神都で配られている情報紙だった。


「これは?」

「ここを見ろ…どうやらカラスがしくじったらしい」


オオカミが指さした箇所には「南門で衛兵の死体が発見された。犯人と思わしき黒いローブの男の死体も一緒に回収」といった内容の記事が書かれていた。


「馬鹿な…なぜカラスまで死体で見つかったのだ?」

「衛兵を仕留めそこなっていて、油断した隙に一撃を貰ってしまい…その後衛兵も、という線が濃厚か?」

「いや、衛兵には確実にとどめを刺した。確認もした、間違いない」

「ならばなぜカラスまで死ぬのだ!おかしいじゃないか!」


「おちつけ…少しだが俺も情報を持ち帰ってきた。話によるとカラスの死体には胸元に何か細く鋭利なもので突き刺された後と…首を強い圧力で骨ごと押しつぶされた跡が残っていたらしい」


細く鋭利なものと聞けば男たちの脳裏には彼らが愛用している毒の塗られた「細毒槍」と呼ばれている武器が思い浮かぶ。

それに仕込まれた毒は相当に強力でひとたび刺せばまず助からない…しかし男たちは毒に耐性を有しているため致命傷にはならないが…。問題はもう一つのほう。


「首を骨ごとだと…?どういうことだ?」

「わからん。神聖騎士のほうでもそれ以上の情報はつかめていないらしい」

「普通ではないな…各々少し調べてみるとしよう」

「ああ…だが我々の目的を忘れるな。ここには「我らが神の贄となる者」の回収にきたということを」

「もちろんだとも」


男の一人が一枚の紙を取り出した。


「もう調べたのか?さすがだな」

「すぐに調べはついたよ…ただこれは俺の手柄というよりは我らが神の偉大さゆえだろう」

「あぁ、なるほど。「悪魔憑き」か?」


「その通りだ。道行く人少し話を聞けばすぐに悪魔憑きについてぺらぺらと喋ってくれたぞ」

「贄となる人間は我らが神の祝福により人々からは「悪魔憑き」と呼ばれるようになるか…くくく、さすがは我らが神だ」

「違いない。さぁそろそろ仕事を始めよう。すべては我らが偉大な神のために」


そして男たちは行動を開始した。

その先に何があるかも知らずに。


_________


ここ神都で最高権力を持つ者…人々から教主と呼ばれている男、ザナドは神聖騎士達からもたらされた報告にため息を吐いた。

衛兵二人と謎の死体が発見されたと。

謎の男の特徴と所持品からだいたいの正体は察しがついた。


「黒の使徒とかいう邪教徒…でしょうね」

「はっ!ほぼ間違いないかと」


「今は確か勇者達が行方を追っていると聞いていましたが…衛兵と相打ちになったのでしょうか?それにしては死体の状況が不自然か…?」

「今のところは何とも言えません…現在調査を急がせています」


「ではそのままお願いします。それと町の警備の強化を。やつらがすでに紛れ込んでいる可能性が高いですからね」

「すぐに手配します」


「結構、私はこれから神の教えを説かないといけないので後程報告を」

「はっ!」


神聖騎士が去った後、ザナドは再びため息を吐いた。


「確か欲にまみれた世を血で洗い流し浄化する偉大なる神「デミラアルス」とかいうのを信仰している要注意集団でしたか…馬鹿馬鹿しい。あんなもの神ではない。破壊しか能のない悪魔などお呼びではないというのに…おっとそろそろ行かなくては」


ザナドは白く彩られた教会の通路を歩いていく。


「(そもそも神というものは破壊だけをつかさどってはいけない。破壊し、救い、慈悲を持ち、冷酷で…何より美しくなくてはいけないのだ)」


ザナドは幼いころから不思議な力があった。

人には見えないものが見える、人には感じられないものが感じられる…などなどだ。

そんな彼がまともな幼少期をおくれるはずもなく…孤独な毎日を過ごしていた。

しかし、そんな彼はある日、夢を見た。

それは恐ろしいはずの夢であった。血にまみれた場所でたくさんの命がその生を終えていた。

ザナドはその血の海を半狂乱になって走っていた。

ここから逃げなくては、そう思いながらただ一心不乱に…そして走った先で彼は見た。


おびただしいほどの赤。数えきれないほどの命の消えた肉塊。

その中心で微笑む美しい何か。

彼はその何かにひどく心を引き付けられた。

そして突然悟ったのだ。何故かはわからない。脈略もなく頭の中に浮かんだのだ。

あれは神だと。

この世の何よりも美しい…神。幼いザナドはそれに手を伸ばし…目を覚ました。

それ以来彼の不思議な能力はさらに強くなった。

そして性格は嘘のように明るくなった。今まで人付き合いなどしなかったのに他人に明るく話しかけ、遊ぶようになった。

そんな彼は人々に慕われていき、やがて一つの宗教を作り上げた。

もともと宗教が色濃い地域であり、反発もあるかと思われたが、彼の語る宗教像は驚くほど人々に受け入れられていった。

そして今、彼は教主という立場にいる。心にはいつでもあの時の夢の中で見た神に囚われたまま…。


そして今日も時間通りに神の教えを説く。

だがいつもとは違うとザナドは思った。なにか違和感があったのだ。

なんとなくおかしなものを感じる方向を見ると、そこにはメイラがいた。


(あの少女は…私が「神の瞳」を授けた娘か…力は安定しているようだし特におかしなところは…ん?あれは…)


ザナドはメイラの隣の女性に目を向けた。

初めて見る顔だった。少しだけ大げさに化粧が施されているように見えるが美しい顔に、全身の肌を隠した黒いドレスのような服…重たい色だが美しい黒髪、特徴だらけのその女性だったがザナドは何かを感じ取った。


(なんだ?この感じ…人間じゃない…魔族でもモンスターでもない…なんだ…?まさか…)


いてもたってもいられずザナドはその女性に向けてメッセージを放った。


(似ている…私の神…あの雰囲気に!!)



_________


メイラの心臓は大きく脈打っていた。

最初は少しだけの違和感だった。でもそれが重なり、今メイラは一つの真実に気づいてしまった。


(リリさんは…人間じゃない…)


今となりにいる女性…リリは人間ではない。それに気づいたのはついさっきだった。

神聖騎士たちが通り過ぎる時、リリが腕を引いてくれたのだ…問題はその時の感触…自分に触れたリリの手は人間のそれと比べて明らかに硬かった。

なくなった視力の代わりに得た感覚の鋭敏な肌がそれを伝えていた。

考えてみれば最初に出会った時もそうだった…人にぶつかったとは思っていなかったのだ。

しかし目の前で動く気配がしたから何か持ち物にぶつかってしまったのか?と思っていたのだけど…。


そこから自分の考えを否定するためにリリからパペットを借りた。

リリから聞こえる独特な音の正体を確かめるために。


(違う…これじゃない…)


リリから借りたパペットは驚くほど小さかった。

不思議な、何かが軋むような音はリリの全身から聞こえてくる。だからこんな小さなパペット一体なはずはない。

そして何より手探りで動かしたパペットから鳴る音はリリから聞こえてくる音とは全くの別だった。

さらにはリリからは今も音が聞こえている。人間ではありえない音…。

もうごまかせない。この音はリリが動いている音なのだ。


(どうすればいいの…?)


すぐに神聖騎士達に相談しようとも考えた。

でもできなかった。それはメイラ自身がリリの事を好ましいと思っていたからだ。


メイラは今、このあたり一帯では「悪魔憑き」と呼ばれていた。

数年前、教会で突然視力を失ったメイラは誰が言い出したのか「悪魔だから神から天罰が下ったのだ」とかいう馬鹿みたいなレッテルを貼られ、それが真実の様に語られていたからだ。

その後、目が見えないのに生活が普通にできるほどになってしまったのも噂に拍車をかけた。

リリは家の宿が繁盛していると思ったようだが実際は冷やかし、と記者と野次馬で構成されている。


そんな中で外から来たからか普通に接してくれるリリはメイラにとって心が休まる存在だった。

メイラの味方は両親と教主…そしてリリだけだったのだ。

だからこそメイラはどうすればいいかわからない。


(そうだ…教主様に相談してみよう…教主様なら…)


メイラは教主にどうにか時間を取ってもらおうと考えたが、それはすぐに達成されることなる。

リリに教主…ザナドからメッセージが届けられたためだ。

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