第15話魔王は朱色に魅せられる

 ギギギ

あの音が今日も私の耳を突く…リリが来たのだ。

何故か彼女は気配といったものが普段はほとんどなく…その関節から鳴る特徴的な音だけが彼女が現れたことを知らせる合図だ。


「しばらくの間、お前とリリを二人っきりにしておく」


そうアルギナに言われた時は正直逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

理由は他の者では身の安全の保障がいまいちな点と…リリが私のことをどこまで許容できるかのデータを取るためだ。

どこまでの範囲なら私のいう事を聞いてくれるのか。そもそも私の味方なのか。そんなことを調べるため…と納得はしたくないが必要な事なので甘んじて受け入れた。

最初は怖くて仕方がなかった。


リリと接触したもの全員が口をそろえて言うことに「対面するだけで途方もないほどの恐怖を感じてしまう」というものがある。

私だってそうだ…しかし私はそれとは別に初めて彼女を見た時…その姿を美しいとも感じた。

そして数日するころにはリリへの恐怖心はだいぶ弱くなってきていた。


というのも彼女…どうやら本当に私に対しては好意を持っているらしく…純粋に私に、こう…懐いてくれていると言っていいのか…そんな感じなのが伝わってくるから少しだけ可愛く見えてきたのだ。


だがそれ以上はダメだ。アルギナからも忠告されたように気を許すわけにはいかない。


「ま、お、う。おはよ~」


ギギギと後ろから特徴的な腕が伸びてきて書類を処理していた私を抱きしめた。

抱き着き癖でもあるのかリリはよくこうしてくる…ここから少しでも力をこめられれば私は死んでしまう。

それを常に頭において行動する。


「ああ、おはようリリ…仕事中なんだ、離れてくれると嬉しいのだが」

「は~い」


存外素直に言うことを聞いてくれるリリは、私が仕事をしている間はじっ~っと見つめてくる。

その宝石がそのままはめ込まれたような真っ赤な瞳が私を映す。

そこに私が感じているのは恐怖か…それとも…。


そこから数日後、事件が起こった。

元から叛意の意志ありとして注意していたガグレールが私の部下たちが近くにいない時を好機と思ったらしくクーデターを起こしたのだ。


私は魔族ではかなり弱いほうだ。

だからこういう力こそが最も重要だという魔族には好かれていない。

ガグレールは私の事を軟弱だという…。


「そんなこと私が一番よくわかっている」


小声で転がしたその言葉は私以外の誰にも届かなかった。

私だってなりたくて魔王になったわけではない。ただ私が一番適任だったというだけだ。

様々な派閥の中立で、由緒ある家の一族の一人娘で、管理能力や政治に明るい。

ただ都合が良かったから魔王の椅子に座らされた小娘だ。

なのにこいつらは私に魔王は相応しくないという。お前らが魔界の総意で私よりふさわしくないと判断されたから私がこんな椅子に座らせられているのだというのに…。


みんなみんなそうだ。

どいつもこいつも外から好き勝手言うのだ…どれだけ努力しても石を投げるやつは投げ続ける。

そして逆に私についてきてくれる部下たち…レザ、べリア、アルギナ、レイの4人。

彼らからの信頼も私には痛かった。


私が魔王にふさわしくないのは私が一番理解しているのに…彼らは私こそが魔王だと言う。


「魔王様の元で働けることが誇りです」

「お前はよくやっている、自信を持て」


そんな言葉は容赦なく私の心を突き刺す。

彼らが嫌いなわけではもちろんない。ただ私は…ただ…私というちっぽけな小娘の事も誰かに認めて欲しいだけなのかもしれない。


だからだろうか、私に敵意も敬意も持たないで慕ってくれたリリに少しだけ好意を持ち始めてしまったのは。

そしてリリから「守ってあげるからね」と言われた時、私は確かに嬉しかった。


そしてそんな気のゆるみからか私はガグレールの明らかな失言を止めることができなかった。

私への暴言じゃない。リリに対する絶対にしてはいけない発言…ガグレールはリリに「使ってやる」と言ってしまった。

その瞬間、リリの雰囲気が変わったことがわかった。

スイッチが入ったかのように…彼女は殺戮の限りを尽くした。


血で汚れていく部屋。

どんな抵抗も無意味だとばかりにリリはクーデターを起こした魔族の命をいとも簡単に刈り取っていく。

あの特徴的なギギギ、カタカタカタカタカタという音と共に。

やがてその音も悲鳴でかき消されていく。

だがそれもすぐに静かになった。

最後に残ったガグレールが恐怖で震えている。態度を一変させて私にさえ許しを乞うてきた。

もしかしたら私が頼めばリリは止まってくれたかもしれない…だけど私はリリを止めなかった。


リリがガグレールに真っ赤な花を咲かせた。

静かになった部屋で朱に染まったリリが綺麗な顔で微笑んでいた。


横たわる無数の死体。

訪れた静寂。

流れ出る朱色。


その全てがリリを飾り付けていた。

そんな彼女を私は、


美しいと思った。

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