第12話魔王は頭を抱える

 リリを何とか止めることができた日の深夜。私はアルギナから呼び出された。


「どうしたアルギナ。リリのことか?」

「ああ。さっき軽く話したよ」


「…大丈夫だったか?」

「正直、生きた心地がしなかったな。例のごとく魔法通信で話しかけたのだが…なんとこの部屋にゲートを開いてきやがった」


そんな馬鹿なと思った。

なぜならゲートは一般的な魔法ではない。あれはアルギナが最近になって(と言っても100年くらい前だが)開発した魔法で、覚えるのになかなか苦労する代物なのだ。

さらにアルギナがいるこの部屋…ここはアルギナの力で外からの魔法的な干渉ができない部屋だ。

つまりリリは一瞬で二つの「ありえない」を実行したことになる。


「あれは…なんなんだ」

「さっきは冗談のつもりだったが…あれは本当に魔神、かもな」


「魔の神…」

「お前も見ただろう。あの時…私が横やりを入れようとしたのを簡単に見破った」


それはおそらくリリが自分に魔法を使っていた時の話だろう。

あの瞬間、アルギナはリリが無防備だと判断し、制御権を奪おうとしたのだ。

しかしリリはそれを簡単に見破り…アルギナを殺そうとした。

あの時もここにいたアルギナを、魔王の間から殺せるとは思えない…だがあの時のリリの目…それを見たとき私は絶対にダメだと直感で思ってしまったのだ。


「あれは…止めないほうが良かったのか…?」

「いや正直助かったよ。あのままだと私も無事では済まなかった」


「…そう言い切れるのは?」

「レザの腕だが…左腕は治療が終わったとレイから報告があった」


レイ…私直属の4人の部下の最後の一人だ。

我々の中では珍しく治癒の力を持っている頼もしい部下だ。レザの治療を任せたのだがうまくいったらしい。


「そうか…よかった」

「いや、そうも言えない…右腕のほうは治らないそうだ」


「な…!なぜだ!」

「理由は不明。ただレイが言うには「もともと右腕なんてなかった」という状態が一番しっくりくるらしい」


な、なに…?どういう事なのかさっぱりわからない。


「つまり?」

「奴に特殊な方法で斬られたものは、初めからなかったものになる。とでも言うべきか…レザの右腕はその存在していたという事実ごと斬られたのだ。初めから存在しないから治癒の力が発動していても元には戻らない。だってそこにはもともと右腕なんてないんだからな」


なんてことだ、なんでこんなことに…。


「アレは異常だ。未知の能力に…一度見ただけの魔法の行使…さらに問題はあいつ自身が魔法を特に意識せずに使っているということだ。ただ使いたいと思うだけで理論や手順などの全てを無視して魔法を発動できる…まさに神の所業だ。かなり精神にダメージを負っているようだがむしろよくレザは無事に戻って来たもんだよ」


神…人形の形をした神…私はとんでもない過ちを犯してしまったのではないだろうか。


「私がレザを様子見になんて向かわせたから…」

「そう言うな魔王様。それを言い出したら最初に報告した私のせいになるだろうに」


「・・・」

「背負い込み過ぎるな…と言いたいところだがこれからだぞ」


「これから…」

「そう。お前はあれに自由を与えてしまった。もうハッキリ言っておくが私でもあれには多分勝てない…とするとだ。超常の力を持つ神を唯一制御できる可能性があるのは魔王様。お前だけだ」


ドクンと心臓がはねた。


「わ、私…なんで…」

「少しばかり確認したが、アレがお前を気に入っているのは本当らしい。ならばだ、そのまま手なづけるしかない。アレの機嫌を損ねず、かつアレを最大限利用する…それを考えるしかない」


そんなことが出来るのだろうか…?

私に…?なぜ私が…?


「しっかりしろ。お前が今の状況を重荷に感じているのは私たちは理解している。だから今まで通り精一杯サポートはする。肩の力を抜け」

「ああ…すまない」


顔を数回叩き、気合を入れる。

しっかりしろ私…魔王なんだ私は。


「やることは簡単だ。適当に当たり障りない会話をして少しばかり仕事を振り、怒らせなければそれでいいんだ」

「…努力するよ」


「それでいい。ただ一つだけ言っておくぞ」

「なんだ…?」


アルギナが突き刺すような視線で私を見てくる。

彼女との付き合いは長い…だからこそその全てを見透かすような目が怖くなる時がある。


「アレは基本的には温厚だ…話してみてわかったよ。だが、根っこの部分は歪み狂っている。倫理観なんてないし、きっと仲間意識というものもないだろう…何かあればアレは誰であろうと殺す…だから」



―だから、絶対に気を許すな。


そして私の生活はこの日を境に一変した。




_________


「腕、完全には治らなかったのね」


レイに治療をしてもらって部屋に戻る途中、べリアが壁に背を預け俺を待っていた。


「ああ。俺の右腕はリリに存在ごと持ってかれてしまったらしい」

「レザ…ごめん。もっと早く助けに行ければ…」


「あれはどうしようもなかった。誰のせいかと言われれば早まった行動をとった俺のミスだ」

「…かっこつけてんじゃないわよ」


どちらからともなく歩みを進める。

二人で並んで静かな廊下を歩いていく。


「ごめん」

「さっきからどうしたべリア。お前らしくもない」


べリアは何やら沈み込んだような顔をしている。

俺の腕の事がよっぽどこたえたのか…しかしリリを、あの化け物を相手にこれだけの代償で済んだのだから安い物だと俺は思っている。それを伝えると。


「違う…違うのレザ…私は…」


べリアが俺の胸に顔をうずめて懺悔するように言葉を絞り出す。


「私…怖かった…!あいつが、リリが!一目見たその瞬間から怖くて怖くてたまらなかった!何度も何度もあんたを置いて逃げようとした…!あいつが私たちに追い付いてきたとき…抱えてるあんたを囮にして逃げようとも思った…!最低な女なのよ私!」


そんなべリアの告白に俺は仕方がない事だとしか思わなかった。


「落ち着けべリア…お前はだがそんな気持ちを抑えて俺を助けてくれたじゃないか…恐怖に負けて惨めに這いつくばるしかなかった俺とは大違いだ」

「私は…今でもあいつが恐ろしい…思いだすだけで鳥肌がたつ」


「ああ、俺もだ」

「…あいつここに住むつもりかな」


「魔王様とアルギナ様次第だが…その可能性が高いだろうな」

「・・・」


骨がきしみそうなほど俺を抱きしめてくるべリアの身体は細かく震えていた。

そんな彼女を俺は優しく抱きしめる。


「安心しろ、お前だけは守ってみせるから」

「…腕持ってかれたくせに生意気なのよ」


「ははっ、違いない」

「でもありがと。私もあんたを守る」


俺たちはそのまま言葉を交わすこともなく、二人で俺の部屋に入った。

明日からの変わってしまう日々の中で、変わらないものを確かめるために。

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