第10話魔王は考えた

 馬鹿みたいに長ったらしい名前が私にはあるのだが、今はもっぱら「魔王」としか呼ばれない。

正直な話、私はお飾りもいいところで…いろいろと都合が良かったからこの地位についているに過ぎない。

現に私は魔王という大層な称号を持っておきながら、直属の部下4人のうち3人が私より何倍も強い。

残りの一人もその能力を鑑みると重要度では私をしのぐだろう。

しかしそんな私でも魔王なのだ、その重みをしかと噛み締め精進せなばならない。


そんなこんなでままならないことはありつつもうまくやっていたのだ。

今日この日までは。


全ての始まりは私より実力があるが立場上は部下の一人である、アルギナからの魔法での通信だった。


「魔王様」

「ん、アルギナか。何かあったのか?」


「ええ、一応私たちの管轄になっている地区に尋常じゃない反応がある。突然現れた」

「なに…?」


アルギナはありとあらゆる魔法に精通した、その道ではトップクラスの実力を持つ頼もしい魔族で、普段は主に情報収集や魔法の開発などの方面で活躍してもらっている。


「距離が離れているからよくは分からんが…そうとうにヤバイなこいつ。力の底が見えない」

「…対処が必要か?」


「放置はまずい…としか言えぬな」

「わかった。詳しい場所を教えてくれ」


そしてその場所は私より強い残りの二人、レザとべリアの二人が気にかけている場所だったためレザに調査を命じたのだが…これがいけなかった。


「まずい、レザが殺されかかっている」

「な!?」


通信で何の前触れもなくそんなアルギナの言葉が私を突き刺した。


「どういうことだアルギナ!」

「何かレザが下手をうったみたいだな…だいぶ追い詰められてるぞ…」


「そんな…!」

「落ち着け。今べリアとも連絡がついた。もうそっちに向かっている…そして私にもやることがある」


「何をするつもりだ?」

「レザが接触したおかげでその力をおおよそを測れたが…私たちが束になっても敵う相手とはとても思えない。ならばやることは一つ…戦わない手を考えるしかない。べリアにはそのまま魔王城に相手を連れてこいと言っている。そこでけりをつけるぞ」


不思議な感覚がして私がいるこの場所に魔法的ななにかが起こったのを感じ取れた。


「相手は…何者なんだ?」

「パペット型のモンスターらしいが…明らかに異質だな。私たち魔族とも違う。もしや噂に伝わる「魔神」とやらかもしれぬなぁ」


魔神。それは魔界に伝わるおとぎ話の一種だ。

その名の通り魔の頂点に立つ神…まさかそんなものが…?


「しかしパペットならまだ対策のしようがある。何とかしてみせるからお前はいつものようにふんぞり返っておれ魔王様」

「…ああ」


そこから私は通信越しにアルギナが考えた各種対応策に結界、そして奥の手の人形使い用の魔法を教えてもらいその時を待った。


「とにかくまずは時間を稼げ。その間にパペットの制御権を奪う…異常なパペットだ。生半可な魔法では縛れないだろうからな…」

「わかった。善処する」


「まぁ即席だが得た情報を元に結界をアップグレードしておいた。おそらくそこから外には出れないはずだ」

「…お前が優秀で助かるよアルギナ」


それからすぐに抜け道を通ってレザとべリアが魔王城に転がり込んできた。

私はレザの状態を見て絶句した。

両腕がなかった。この魔界においても有数の実力差であるレザがこんなダメージを負うなんてということもあるし何より…両腕を奪うという残酷な仕打ちを受けたことが恐ろしかった。

あの勝気なべリアも平静を装ってはいるが小刻みに体が震えていた。

いったい何が来るというのだ…?


かくして、とうとうそれが姿を見せた。

空間を突き破って現れたのは情報通りパペットの腕だった。

不気味に音を立てながら指が小刻みに動き、やがて全身があらわになり魔王城に降り立った。

瞬間、アルギナの魔法が発動し、結界にパペットが閉じ込められる。


パペットは不思議そうに結界を叩いている。

私はその姿にとてつもない恐怖を感じた。理由は分からない。

ただそこにいるのを見るだけで恐怖が心の底から湧き上がってくる。


だがそれと同時に、私は彼女を…美しいと感じていた。


「魔王様、聞いているか?」

「っ!…すまないアルギナ。すこし心あらずだった」


「しっかりしろ、とりあえずレザとべリアも通信でつないだ。何としてもあのパペットを止める」

「無理だ…もう俺をおとなしくあいつに差し出すしか方法はない」


レザが諦めたように言うがそれを許容することはできない。

彼がいなくなることの損失は補填できるものではないし仲間であるレザをみすみす殺させるわけにもいかない。


「安心しろ、少なくとも奴はあの場所からは動けない。今のうちに…」

「リリがそれで止まるとは思えない」

「残念だけどアルギナ様。私も同意見よ」


「ふむ…とりあえず時間を稼げ。魔王様頼んだぞ」

「ああ」


私はパペット…リリと会話を始めた。

話している感じとてもパペットだとは思えなかった。

温厚な印象を受ける喋り方だ。だが決してレザの殺害を諦めようとはしてくれなかった。


私はやり方を変え軽く脅すように話をしてみたのだがリリは結界にひびを入れてしまった。


「っ!?馬鹿なありえない…!そんな簡単に結界を破れるはずがない!」


アルギナが珍しく感情をむき出しにして慌てている。

それにつられて私も軽く動揺してしまった。どうする?結界はあまり意味がない…ならば…。


「魔法でしば、」

「魔王様!!!」


悲鳴に近いレザの叫びが私を止めた。


「レザ…?」

「あいつは…あそこまで明確に敵対行動をとったべリアに関心を示してない…なら俺とべリアの違いはなんだ?と考えたとき…俺は初めにリリを縛ろうとしたんだ…奴の制御権を奪おうとした。きっとあいつのラインはそこなんだ。絶対にそれを口にしてはいけないんだ…」

「なるほどな…しかしどうする?一応だが術はできた。いつでもあのパペットに制御魔法を使うことができるが…失敗した時のリスクが大きすぎるな…」


皆が口をつぐんでしまった。

そうしている間に事態は動く。結界を簡単に破ったリリがレザの命を奪おうと腕を振り上げた。

考えろ…考えろ考えろ!私は魔王でしょう!?なにかこの事態を収めることができる方法を…!


「ダメだ、一か八か魔法を使うぞ」


魔法…?そうだこのリリというパペットは確か…。

私は一つ、思いついたことがあった。

この決断が後の私の運命を大きく変えてしまうことになる。

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