第25話 蜘蛛の女王 クリムゾンレディー
「
フォールが技名を叫ぶと、空が眩しく光り、そしてドラゴンが落ちてきた。
ユイはライムと一緒に白馬にのり、少し離れたところからそれを見ていた。
「倒せたの~かしら~?」
「油断、ダメ」
いつのまに来ていたのか、シモンがそばにいた。彼が気配なく現れたりライムのそばにいるのはいつもの事なので驚きはしない。
「まだ生きています!」
【魔獣探知】にはまだドラゴンの気配がしっかりとあり、相手が生きていることを伝えている。
手甲の力を解放したら逃げる作戦だった。
ランドとセイテンは
アリシアとルークはこっちに向かって移動を開始していた。
空の輝きが徐々に弱まり納まる。
「グルルゥゥ~」
それとほぼ同じタイミングでドラゴンが意識を取り戻した。
あふれ出る殺気を【魔獣探知】で感じ取ってしまった。肌を刺すようなその殺気に寒気が走り、【聖女のヴェール】の効果はまだ続いているはずなのに体が硬直する。
その殺意が向かう先は上空にいるフォール。
「逃げろ!!」
ランドのその声が無ければユイは動けないままだったかもしれない。
「グウォォ~」
ドラゴンの全身から炎が噴き出す。その火はどんどん膨れ上がり、爆発した。
ドラゴンが空へ飛び、炎の壁が迫ってくる。
一番近い位置にいたランドは逃げるのをあきらめバスターソードを前に防御の構えを取り、セイテンはそんな彼の後ろに隠れた。
「【輝きの護衛壁】」
ユイは壁を三枚出す。一枚はランド達。もう一枚はこっちに来ているアリシア達。最後に自分たちの前に。
同じタイミングで空から盾が振ってきた。
(あれはフォールさんが魔法で出していた盾)
盾と光の壁、二重の守りが炎の防ぐ。
フォールの盾が溶けていき、光の壁にもヒビが入り、欠けていく。
だがそのおかげで全員無事に炎をやり過ごせた。
ランド達を通り過ぎた炎はそのまま周囲の森を焼くと、まるで意思があるように動き、四方に炎の柱を立てた。
柱から柱へ魔力の壁が張られ、天井も塞がれた。
「しまった、閉じ込められましたね」
ルークが気付いたがもう遅い。七人は炎の柱と半透明な赤色の魔力の壁によって作られた四角い檻に閉じ込められてしまった。
「お前ら、大丈夫だったか?」
ドラゴンがいなくなり焼け野原になった空間で全員が集結する。
「壊せねぇか、これ?」
槍が壁に触れた瞬間、爆発が起きた。
「わっと」
「ちょっと、不用心に行動しないでよね」
「わり~
「それにしても、いったい何のつもりで俺達を閉じ込めたんだ?」
「さてねぇ、ジオグーン君を倒した後でゆっくり食べるつもりなんじゃないですかね?」
ルークの見立てでは自分達エターナル・フォース・ブリザード全員の戦力とフォールの力は同じくらいだと判断していた。彼ならば一人ででもハンマーテイルの討伐が出来たのではなかろうかと。
一番の脅威を相手して、残りはその後で軽く処理してしまうつもりなのではとルークは考えた。
「おいおい、いくら自分がジオグーンを独占して遊びたいからって俺達は放置かよ。ひでー話だな」
「いや大将、ドラゴンはちゃんとこっちにも相手を用意してくれたみてぇだぞ」
セイテンの見つめる先、ドラゴンの落ちた鱗や
そして血は真っ赤なスライムに、鱗は赤と黒の
「マグマボールにアカシマグモ、それに……クリムゾンレディーですか。これは厄介な」
最後に角は赤黒の縞模様の蜘蛛の上に赤いドレスを着た金色の縦ロール髪の女性のモンスターへと変化した。
「知っているのか?」
「あのスライム系モンスターはマグマボール。蜘蛛はアカシマグモ、そしてあのアラクネ系のモンスターはクリムゾンレディー、アカシマグモの親玉といったところですかね。強さとしてはハンマーテイルと同じかそれ以上だそうですよ。どのモンスターも火山かぞの近辺の森や洞窟に生息していて、火の魔法を使い、弱点は水属性でしたね」
「一気に~やっちゃう~?」
水魔法の【永久に凍る魂】は魂を持っていて自分より弱い相手なら氷漬けにすることが出来る魔法だ。
消費する魔力が大きいからライムの魔力が満タンの状態でしか使えないが、今回はギルドからポーションをたくさんもらっているからまだ魔法を使える余裕がある。
ハンマーテイルと同じ強さ以上のクリムゾンレディーは無理でも、ユイの【アストラルコネクト】によって二人分の能力を足した状態ならそれ以外は倒せるはずだ。水が弱点ならばもしかしたらクリムゾンレディーにも有効なのでは?
そうライムは思うのだった。
「ダメです。魔獣探知に反応がありません。この子と同じであのモンスター達に魂はありません」
白馬の首を撫でながら伝える。
白馬はユイが魔法で生み出し、自分の知識をもとに疑似的に馬のような動きを再現させているだけの魂の籠っていない存在。
目の前のモンスターもドラゴンの能力によって生み出されたそれに似たようなものらしい。
魂がなければ【永久に凍る魂】は発動しない。
「じゃあ地道に行くしかないですね。ライムさん水の刃を全員にかけて下さい」
「うん、いいよ~【水の刃】」
全員の武器に水の魔力が付与される。これでダメージに水の属性が追加される。
「前衛三人は蜘蛛達をお願いします。後衛はマグマボールを片付けましょう」
ルークは相手の情報を思い出しながら指示を出す。
水属性のついた今の自分達ならマグマボールは一撃か二撃くらいで倒せる。先に弱い相手を倒して数を減らすことにした。
ルークが作戦を伝えながら自分は矢を放つ。
前衛三人が
「【アイスボール】」
ライムの杖の先に水の玉が五つ発射された。
その玉に並走するようにシモンが走り短刀でマグマボールを斬りつけ駆け抜ける。
クリムゾンレディーの指先から金色の糸が伸びた。
五本の糸がシモンを狙う。
「【輝きの護衛壁】」
その攻撃をユイの魔法が防ぐ。
「おらぁ」
ランドが糸を切る。その瞬間に足に【炎の刃】を付与した蜘蛛の攻撃が来迫る。
光の壁を移動させランドを守る。
(フォールさんの気配が……)
【魔獣探知】に新しいモンスターの気配が追加された。上空でドラゴンと戦うフォールの気配だ。
彼の気配は魔法で作った防具によって隠されていた。それが現れたという事は防具が壊されたのだろうか?
(反応があるって事は生きてはいるんだよね?)
一人ドラゴンと戦うフォールを心配するユイ。
その時、空で爆発が起きた。
(もしかしてフォールさんに何かあったんじゃ――)
ユイが空を見上げると、そこには空に浮かぶ盾の上に立ち、手元に戻る剣を掴んだフォールの姿があった。
少し前のセイテンの行動が思い出される。彼も剣で壁を攻撃して爆発を起こしたのだろ。
(よかった、元気そうだ)
五体満足な彼の姿を見た瞬間、自然と笑みがこぼれた。
「おい、今の爆発なんだ?」
クリムゾンレディーの相手で上を気にする余裕のないランドが大声で尋ねる。
「ジオグーン君が武器を投げて壁の破壊を試しただけですよ。セイテン君のようにね」
『あぁ~』
ルークの簡単な説明に全員が納得した。
(あ、聖女のヴェールの効果が切れている)
フォールの体に金色の粒子がついていない。
ドラゴンの咆哮で動けなくなる危険を考えると【聖女のヴェール】は必須の魔法だ。
「この戦いが終わったらデートの約束、守ってくださいね。【聖女のヴェール】」
二人で見張りをしていた時の食事の約束。あの時はデートなのかと尋ねたら「友達」だと強調され否定されたから、向こうにそんなつもりがないことはわかっている。
だけどもうユイは自分の気持ちに気付いていた。
それは最初に助けられた時なのか、仲間との目標の一つだった「ハンマーテイルの討伐」を手伝ってもらった時の一人で戦う彼の姿を見ていた時なのか、それとも魔力が切れて気絶し、目覚めて彼の顔を見た時に気絶の瞬間、彼にまた支えられた事を思い出した時だったか。
少なくとも仲間と一緒に討伐後の宴会をしていた時にはもう好きになっていた。
彼は自分よりアリシアと楽しそうに話し続けていた。その姿を見て嫉妬し、自分の気持ちを確信したのだった。
それは仕方がないとも思う。同じ人間族の女性だがアリシアの方はすごくモテているから。
たくさんの男性がアリシアに好意を持ち、よくデートを申し込んでいた。
フォールも元は人間族の少年だったという。だったらアリシアが魅力的に見えているのだろうと。
そして自分のことなど「ただの友達」程度にしか考えていないのだと。
それでもこの気持ちにフタは出来ない。どんなに抑えようとしても彼への気持ちが溢れてくる。
もし一緒に食事に行けたら、その時は自分の気持ちを伝えようと。
彼にそんなつもりは無くても、自分はデートのつもりなのだと。それで断られても仕方がない。
だって何も言わずに諦められるような思いではないから。
そのためには、今、目の前で起こっている戦闘に勝たなくてはならない。
(こっちは大丈夫です。フォールさんも無理はしないでください)
自分たちの事を気にしていてはドラゴンには勝てないだろう。だからフォールにはフォールの戦闘に集中して欲しかった。
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