第20話 ユイと見張り 2

「へぇ~。一番のお気に入りはどの話?」


 僕が一番好きなのは雨が降っても、燃えるものが無くても消えない黒い炎で百年燃え続ける山に住む牛魔王ぎゅうまおうミノタウロスとの戦いだ。

 単純に黒い炎ってのが厨二心をわくわくさせてくれるし、消せない炎をどう突破してミノタウロスの所にたどり着くかを話し合っているシーンが好きだ。

 そして解決策に別の魔王――深海魔王ダグォンを誘い込んでその水魔法攻撃で火を消す展開がまた破天荒で面白い。

 そのあと勇者は単身でミノタウロスと戦い、仲間達はダグォンやその眷属の魚モンスターとの戦いを繰り広げるのも見所だ。

 さてユイが好きな勇者クナイの話は何だろうな?


「ユイが好きなのはドラゴンを倒してララ姫を救うお話です」


 メンヘ王国のララ姫が盗賊に誘拐される話か……

 これはまだ勇者がそう呼ばれる前の冒険者だった頃の話。商人の護衛依頼を受け、その行き先の小国がメンヘ王国だった。

 王都はララ姫が盗賊に誘拐され、騒ぎになっていた。しかもその犯人と思われる盗賊団のアジトがあるはずの山にドラゴンが飛んで行ったなんて目撃情報もあってさらに大騒ぎ。そのドラゴンは盗賊の集めた魔道具の放つ強い魔力に反応して襲ってきたと予想されている。

 その話を聞いた勇者一行が助けに行って、王様に認められ竜殺しドラゴンスレイヤーの称号をもらって聖属性の魔法が使えるララ姫も仲間になって終わる。そんな内容だった。

 その後勇者と姫は結婚し、二人の恋を中心とした恋愛小説も存在している。だから二人の出会いであるこの話は故郷の村でも女子の人気が高かったな。


「盗賊さん達を魔法でドラゴンの攻撃から守り続ける姿勢に同じ聖魔法使いとして憧れがありまして、それに魔力が切れてもうダメだというタイミングで登場して颯爽とドラゴンの首を落とすクナイ様がカッコよくて。ユイもこんな出会いがあればと思っていたら今日――いえ、やっぱりなんでもないです……」


 あれ? だんだんヒートアップしてきたと思ったら最後の方は声が小さくなって何を言っているか聞こえなかったな。

 そして黙ってしまった。


「えっと、ジオグーンさんの好きな話は何ですか?」

「僕は牛魔王との戦いだな~」


 よかった、黙ったまま時間が進むようなことにならなくて。

 話を振ってもらったのなら全力で答えよう。共通の話題もあるし、ここから上手いこと話を続けていけば。


 ◇◇◇◇◇


 砂時計をひっくり返す。見張りを始めてから一時間が過ぎた。後三十分だ。

 その間にモンスターの襲撃は一回あり、相手はシビレグモ。糸に触れた相手を麻痺させる子犬くらいの大きさの蜘蛛だ。

 五体現れたけど僕一人で対応可能だったので倒して【カオスゲート】に入れた。

 このシビレグモの素材の分配は全員が起きてから話し合うことになるので魔石は回収していない。


「そういえば、ユイが話そうとしたことは何だったんだ?」


 勇者クナイの話をする前にお互いに何かを言おうとしていた。あの時は僕の方を優先させてもらったけど、勇者の話もひと段落したので向こうの話を聞く事にした。


「えっと、それは……。【防音壁】」


 突然ユイが魔法を発動させた。僕達の周りを魔力が包んでいる。無色透明で動きを阻害する感じもない。なんの魔法なんだ?


「これは外から声や音を聞かれないようにする魔法です。範囲内から出ると他の人にも聞かれてしまうのでこのまま動かないでください」

「あぁ、わかった」


 なんだろ、他の人に聞かれたくない話? しかもわざわざ魔法を発動してまでの。


「私の魔法には魔獣探知というものがあります」

「魔獣探知……」

「魔獣探知はモンスターを探索する魔法です」


 僕の反応に【魔獣探知】の効果を知らないと思い説明を始めてくれた。


「この魔法はモンスター以外には反応しません。なのにジオグーンさんには魔獣探知の反応がありました」


 うん、そうだろうね。だって僕ゴーストだし。 

 あ、これ僕の正体に気付いているって事か……。

 やっべ~。どうしよう? 逃げる? 彼女一人を撒くくらいどうってことは無いだろう。でもエターナル・フォース・ブリザードの全員がグルでテントの中では臨戦態勢でスタンバイしているとしたら僕はここで討伐されるかも。


「あ、この事は誰にも言っていませんので安心してください」


 誰にも言っていないだって? 僕がモンスターだって事を? なんでだ?


「反応があった時は驚きました。喋るモンスターなんて聞いた事ありませんし、どこからどう見てもジオグーンさんは牛の獣人族に見えました。だから何かの間違いなのかなって思ったんです。それで貴方の事をずっと見ていたんですけど、もうモンスターでも人でもどっちでもよくなりました」


 どうでもよくなった? なんでだろう? このまま黙っていたら説明してくれそうだから大人しくしとこう。


「ジオグーンさんはユイのピンチに現れ救ってくれました。その後も岩マムシの相手を快く引き受けてくれて、戦い方もユイ達に被害が出ないよう配慮した戦い方でしたし、数が減ったらユイ達のフォローをするようでした。だから悪い人ではないんだなって思ったんです。それにアリシアさんが仲間にしていいと判断して、セイテンさんやランドさんはすでに仲間のように接しています。仲間の判断の方がユイより確実です。だからユイはジオグーンさんが何だろうと信用することにしました。でもなんで魔獣探知に反応があったのかは気になってしまって。もし理由に心当たりがあったら教えて欲しくて――」

「それは……うん、そうだよ。僕はモンスターなんだ」


 別に誤魔化すことも出来たが、僕は真実を話すことにした。

 ユイも誰にも話さず、今も防音で二人だけの秘密にしてくれたんだし、だったら誠意には誠意で返すべきだと。ただし異世界からの転生じゃだという事は話をややこしくしそうなので省いた。転生を隠すとなると女神様の話もしづらいので隠しておいた。

 元冒険者でたまたま生前の記憶を持って、魔石があれば他のモンスターに変身できる特別な力を持ったゴーストになってしまいましたと。

 本当の姿を見せてもいいかとも思ったが、いつテントから他の人が起きて出てくるかわからないからと、それは止められた。


「それにしても、まさか魔獣探知で正体がバレるとはな……。街に行く前に対策を立てないとな――」

「そうですね。ダンジョンならモンスターの反応があっても不思議ではないですが、街ではジオー、フォールさんの気配はハンマーテイルと同等、強大すぎて大騒ぎになってしまいます」

「あ、呼ぶときはジオグーンでお願い。他の人の前でうっかり呼んだらややこしいことになるから」


 話の流れで本当の名前を伝えたけど、別に無理して本当の名前で呼ばなくていいんだよ。


「ではフォールさんの名前は二人だけの秘密ですね」

「うん、そうだね?」


 なんだか嬉しそうだ。なんで?

 共通の秘密を持ててより仲良くなれたなぁ、よかった的な?


「それで話を戻すけど、探知を誤魔化す方法に一つだけ心当たりがあるんだよね。今から試すから魔獣探知で反応があるか確認してほしいんだ」

「はい、任せてください【魔獣探知】」


 それでは早速、まずは服を消します。


「きゃ!!」

「あ、ごめん【土壁】」


 僕が【闇の羽衣】で作った服を消すと、半裸に驚いたユイが手で顔を隠した。

 慌てて二人の間を土で隠す。


「僕の服は闇の羽衣という魔法で出来てまして、自由にデザインや効果を付けられるんだけど今まで何の効果も付与してなかったから、作り直して認識を誤魔化す効果を付けられないかなって思って」

「そ、そうだったんですね。びっくりしました」


 さて効果だけど探知系で探られた時は自動で人間に見られるというものでいいかな?

 とりあえず今はそんな感じで街に行ったら探索系にどんな魔法があるか確認して必要そうなら対策を追加していくという方針でいいかな?

 見た目は前と同じで、服の完成。

 あ、ついでに――


「【魂の同調ソウルシンクロン:スケルトン】」


 このタイミングで自分の血を取り出して飲んでおこう。試験管を回収っと。


「【魂の同調:チュパカブリ】」


 あ、チュパカブリが本当の姿ではなく前に擬態した牛魔人の姿のままだ。装備系の魔法も解かないと別の姿に変身しても残るから擬態も最後のが残るってことかな?

 そのうち試してみるかな。

 ま。そんな事より今は僕の血を飲むのが先だね。

 ゴックン――

 そして擬態。全裸の男性、手足は人間だ。顔を触った感じ人間の顔だな。土壁の一部を鏡に変えてみたら見慣れた僕の顔だった。やった、ついにフォールの姿になれたぞ。

 あとは服を着なきゃな【闇の羽衣】

 あれ? 発動しないぞ?

 ん? あ、チュパカブリに闇の適性無いんだった。


「【魂の同調:牛魔人】」


 そして服を着て、よし準備完了っと。土壁を解除。


「どうかな? 僕からモンスターの反応ある?」

「いえ、今はありません。バッチリです」

「そっか、よかった。教えてくれてありがとね、ユイ」


 もしユイが教えてくれてなかったら街に吐いた時に面倒な事になっていたかもしれない。

 それを事前に回避できてよかった。

【カオスゲート】に空になった試験管を入れる。

 砂時計は残り半分。見張りの残り時間はあと十五分くらいか。

 後は雑談でもして過ごそうかな。

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