第14話 ついに手に入れた人間の姿 3

 ユイは死を覚悟した。ユイだけではなくエターナル・フォース・ブリザードの誰もが感じていたかもしれない――このままでは誰か、または全員がこの場で死ぬのではないかと。

 今回はハンターギルドで薬師ギルドと鍛冶師のトンカンさんの素材採取依頼を受けて、その素材のモンスターを狩りに深層までやってきた。

 そして依頼通りの素材の回収を終えて、さて帰ろうかという段階で移動中にセイテンが突然吹っ飛んだ。

 すぐに【魔獣探知】で相手の位置を探る。この現象や動き回るソレの気配には覚えがあった。ブットビだ。

 ユイが家の掟に従い十四で家を出て、詐欺にあいそうなところを助けてもらった縁でエターナル・フォース・ブリザードに加入してから二年。その間に遭遇したのは数回。誰一人その姿を見ることは出来ずユイの【魔獣探知】だけがエターナル・フォース・ブリザードにとってブットビの居場所を察知する唯一の方法だ。

 今回も彼女がブトッビの位置を仲間に知らせる事で対応する。

 ブットビとは自分達では戦いにならない、逃げの一択だ。

 ランドが気絶したセイテンを肩に担いで走る。ユイと足の遅いライムは白馬に乗ってそれに並走し、ユイがセイテンの治療のために【ヒール】を使う。

 そうして逃げている間に足を踏み入れてしまったのが岩マムシの巣だ。

 岩マムシは自分達の巣に入り込んできた獲物に容赦なく攻撃してきて逃げるどころではなくなった。

 セイテンは治療を終えて意識を取り戻し動ける状態になったが、まだブットビをく事は出来ていない。

 そうしてブットビの攻撃を防ぎつつ、岩マムシを倒して数を減らし、この巣から脱出するチャンスを探っていたのだが、事態はさらに悪くなっていく。

 現れたのは地竜ハンマーテイル、このダンジョンで最強ボスと言われているモンスター。これでさらにこの場から動けなくなってしまった。

 ハンマーテイルの相手――というか足止めはランドとアリシア、岩マムシの数を減らすのはセイテンとシモンに、ルークとライムは状況を見つつハンマーテイルと岩マムシのどちらにも攻撃して仲間のフォロー、ブットビの対応はユイの役目となった。

 なんの準備もなく始まったハンマーテイルとの遭遇戦。

 仕事を終えて帰るところだったのだ、しかもブットビから逃げるために【魔獣探知】を使い続けていた。

 精神的にも肉体的にも疲れているうえ、帰りの戦闘分は残しているとはいっても回復薬も魔力もそんなに残っていない。そんな状況でのボスとの戦闘、場所は岩マムシの巣の中でブットビも襲ってくる。他のモンスターの相手もしなければならないそんな状況。はっきりいて絶望しかない。

 とにかく目の前の敵の数を減らしてはいくが状況が好転している気は全くしない。

 そして最初の犠牲者になったのは――

 ルークへ向かってブットビが体当たりをしていたので光の壁を出して防ごうとした。しかしブットビは壁の前で突然進路変更してターゲットをユイへと変えた。光の壁を動かすのも、新しく自分の前に展開するのも間に合わない。仲間に頼れる状況ではなく自分でどうにかしなければならないが時間がもうない。時間にして一秒。

 進路を変えた。そのことを【魔獣探知】が告げた頃には相手はもうユイの目の前に来ている。


(あ、ユイはここで終わりなんですね)


 ユイがすべてを諦めた時、奇跡は起きた。

 彼女の足元の土が突然盛り上がる。

 自分は地面の上ではなくライムの作り出した氷の上に避難していたはずなのに、だ。

 ユイの足と氷の間に生み出された土は彼女の体を持ち上げ、ブットビはその土を破壊して通り過ぎて行く。

 足場が破壊されユイの体が空に投げらされる。そのまま地面に激突――することはなかった。

 誰かの腕の中に納まる体、お姫様抱っこと言われる体制だ。


「ふへ?」


 いったい何が起きたのだろう?

 

「あ~お怪我はありませんか?」

「はい……おかげさまで?」


 味方の誰とも違う聞きなれない声。助けてくれた相手の顔を見る。

 それは武道化のような恰好をした赤色の牛獣人うしじゅうじんだった。声はまだ若く青年というより少年といった感じの印象だ。

 一瞬の間に色々な事が起きすぎてユイは混乱していた。

 ブットビが迫ってきて、突然地面が上がった。仲間に土の魔法を使える人はいない。

 たぶんそれもこの人がやってくれたのだろう。

 その足場もすぐに壊れて、落ちたところを怪我しないよう受け止めてもらって。


「助けてくれたのですか?」

「そうです。それで緊急そうだったのでスミマセン、事前に許可を得ず勝手にアナタ達の戦いに介入してしまって」

「ありがとうございます。あのままではユイはブットビに殺されていました。貴方は命の恩人さんです、仲間にもちゃんと説明しますので怒られることは無いです。みんないい人ですので」


 許可を得ずに介入とは冒険者としてのマナーの話だろう。

 もしマナーを気にして放置されていたら自分は死んでいたので助けてもらって感謝こそすれ文句など無いのだが。


「大丈夫かユイ?」

「はい、この人のおかげで――」

「仲間を助けていただきありがとうございます。あの地面は貴方が?」

「あ、そうです」


 近くにいたライムとルークがすぐに状況を察してユイを心配して駆け寄る。


『何かあったの?』


 召喚獣の白馬の耳を通じてアリシアの声も聞こえた。


『ブットビへの対処が遅れて攻撃されそうになったんですけど、通りすがりの人に助けてもらって……おかげで誰も怪我はありません』


 精神を同調して心の中で応えれば白馬の口から声として向こうには届く。これで離れているアリシアとランドに伝わった。

 シモンもチラリと様子を見てすぐに岩マムシの足止めに戻ったのでセイテンにも状況は伝わっているだろう。


『そう、ならよかったわ。それじゃお礼も言いたいし、いったん合流しましょう』


 仲間たちと言葉を交わして少し落ち着いてきた。


(ユイ、まだ生きてるんだ)


 安心して束の間、視線がいつもより高く、自分の体がまだ地面についていないことを思い出す。

 白馬と意識を繋げていたので本体の状況を忘れていた。


(やだ、ユイったらずっと抱っこされたまま――)


 お姫様抱っこなど物語の中の出来事で自分には無縁だろうと思っていたので緊張する。

 しかも相手は異種族とはいえ声や体格からおそらく男性だ。そのことでより恥ずかしくなる。


「あの、あの、もう大丈夫なので、その、下ろして――」

「あっ……すみません」


 向こうも緊張したような声。

 慌てた様子ですぐに降ろしてくれた。

 

(悪い人――ではなさそうですね)


 街に来てすぐの頃には悪い冒険者に騙されて、アリシア達に色々と危ない人の見分け方を教えられた。

 それでも彼女達から言わせればまだまだ危なっかしいそうだが。

 そんな自分から見てこの牛獣人はとりあえず安全な気がする。

 助けてくれた後に恩着せがましくするわけでもなく、それどころか冒険者のマナーに反していなかったか心配する小心者な所や、自分と同じであまり異性に慣れていなさそうな態度に好感が持てた。


(昔読んだ勇者様の物語みたい。お姫様ユイのピンチに現れる勇者様。そして始まる二人のラブストーリー。種族が違えば子供は生まれないけど、だからこそ結ばれるのは真実の愛があればこそ)


 夢見る少女の妄想が加速する。そんな中、彼女は偶然にも気付いてしまった。


(ん? ん~~???)


 助けてくれた牛獣人の事を考えすぎていたせいだろうか。自分の【魔獣探知】が――モンスターの居場所だけを告げるその魔法が――目の前の存在に反応しているという事に気付いてしまったのだ。


(んんん―――!?)

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