エピローグ

追放処分

 セレネとコーネリアスの死闘から一年後。


 祖国イラクリスの復興を完了させた海賊女王セレネは、自国民と各国に布令を出した。


「私は自らを十年の追放刑に処す。その間の統治は弟であるイアソンがまだ幼いため、各国には我が弟の補佐をお願いする」


 セレネは考えた。


 コーネリアスとの戦闘で自分が見せた超自然的な力――ことで、各国の人々が自分に恐れを抱いている。これでは、イラクリスに協力するように仰いでも自分の存在が障害になる。


 なら、自分が国を去るしかない。


 別れはもちろん寂しかったが、それは自分への罰として受けいれた。海賊として生きた三年間で命を奪ってきた者への償いとして。


「安心しなさい。私が弟君と連携して、国を生まれ変わらせて見せる」


 グラエキアの議員パウルスからの返事だ。


「分かった。そちの国に行こう。弟くんを立派にしてやるからのお」


 これは復活したアケイオス連邦の執政官ピロポイメンからの返答。


「貴国とは友好的とはまったくの無関係ではない。よって、少しなら協力してやれる」


 消極的な協力を伝えてきたのはラコニキア王アイギス。


「関わり合いになりたくないが、新王の姉君には逆らえないので手を貸してやる」


 僭主ヒエロニムスの返答。先王セレネからなされた脅しが未だに効いているようだ。


「もちろん協力させてもらうさ。イアソン君。クロエ姉ちゃんを時々そちらに送るから、姉ちゃんと一緒に頑張ろうな!」


 最後の返事は、復興途中の国ミュトゥムを治めるミュリナからのものだ。


 それらの返答を受け取ってから、セレネはイラクリスを去った。最後の海賊女王として、祖国の汚名を払い落とすために。だが、それは彼女一人だけの寂しい旅ではなかった。


「行きましょう、セレネさん」


 救助された際に復活していた、セレネの左手を掴むアレクサンドロス。その背後には二〇名の男共が並んでいた。


「ああ、行こう。西の彼方へ。テイテュス様やメセニエス様、それとヘルメイアス様がいるっていう、トリタナス島の向こう側にさ」


 セレネ一行を乗せた小船は帆を張り、人間がおもむいたことのない、西の未知の世界へと進んでいった。

 


「行っちゃった……」


 姉との別れは五歳になったイアソンにも、やはり辛いものだった。彼は玉座に座ったままで、傍に控えるデメトリオや執事に寂しさを告げた。


「セレネお姉ちゃん、帰って来るよね? 死んじゃったりしないよね?」


 デメトリオが、幼いイアソン王に答えた。


「陛下。姉御は強い人っすから、死んでも死にやしやせんよ」


 意味不明な回答だったが、それをばっさりと否定できないのがセレネという女性だ。


「そうそう。セレネのじゃじゃ馬が死ぬもんかいな」


「そうよ、イアソン。なんたって私の妹だから」


 扉の向こうから歩いてきたミュリナとクロエが、はにかみながら言った。なお、クロエの隣には夫ダフニスの姿もあった。


「こんにちは、イアソン君」


「こんにちは、ダフニスおじさん!」


「お、おじさん!?」


 二〇歳のダフニスは、まさか自分が「おじさん」呼ばわりされるとは思っておらず、おかしな声を出してしまった。


「そうだよねえ。イアソン君からすれば、あんたはおじさんだよねえ」


 ミュリナが弟を小馬鹿にして言った。しかし、そんな彼女にも容赦ない一言が。


「こんにちは、にセレネお姉ちゃん!」


 今度は二七歳のミュリナを「おばさん」と呼んだイアソン。こう言われては、ミュリナも弟ダフニスにどうこう言えなくなってしまった。


「あはは、姉さん。イアソン君にとって、僕たちはおじさんとおばさんらしいね……」


 もちろん、五歳のイアソンには悪気などない。しかし、こうもはっきり言われれば、二人がへこむのも無理はなかった。


「ほっほお、若いのばかりじゃのお」


「遅れて申し訳ありません、陛下」


「ふん、来てやったぞ。本当は来たくなかったのじゃがね」


 その後にピロポイメン、パウルス、ヒエロニムスの順で謁見の間に姿を現し、各々が新王イアソンに言葉を述べた。ちなみに彼らに幼いイアソンは、


「おじいちゃん」


と一言添えるのを忘れなかった。無論、大人の彼らはそれに不快な顔をせず、


「では、その『おじいちゃん』たちと一緒にお勉強を頑張りましょう。ダフニス君」


 パウルスが老人代表として、未熟な新王の補佐を誓うのだった。

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