共依存

 ピロポイメンはセレネに語った。指輪強奪の経緯いきさつについて。


「そもそも陛下は指輪がどのような力を秘めているのか、理解しておられるのですかな?」


 老人に問われ、セレネは正直に答えた。


「実はあんまり。『王族以外が嵌めたら死ぬけど、王族が嵌めれば絶大な力を得られる』ってことぐらいしか分かんなかったよ」


 するとピロポイメンは従者を呼び寄せ、


「あれを」


と短く指示。間もなく彼の手元に分厚い書物が置かれた。題名は『アケイオス年代記』。半島内の歴史が記された一冊だ。


「陛下、ではこの章をお読みくだされ。これでわしが指輪を欲しがった目的がお分かりになるはずじゃ」


 セレネは言われるがままに、老人がめくってくれた箇所を読み込む。


 そこには自らの心に暮らす女王の記録が数ページに渡り記されていた。


 数百ページの中のたった数ページ。


 だが、その数ページがセレネの運命を左右することとなった。


「これ本当か? じいちゃん」


「わしも引用しといてなんじゃが、信じ難い話じゃよ。。こんな話、まるで神の力のようじゃて。人間業じゃあり得ん」


 この書物の内容が真実なら、この指輪は自分が思った以上に危険な物だ。


 絶対に誰にも渡してはいけない。セレネはそれを再確認する。だが、彼女はどうもに落ちない。


「でもさ、じいちゃん」


「なんじゃ」


「どうして、そんな指輪をあんたが欲しがったのさ?」


「わしはそれを処分、要は破壊したかったのじゃ」


「破壊? できるの?」


「可能じゃ」


 すると老人は別の章を開いてみせる。そこに書かれているのはセレネには解読できない未知の言語。


「なにこれ? 意味が分かんないや」


「わしも書き記してみたのじゃが、上手く解読できとるか自信がのうてな。ひとまず読んでみるぞい」


 暗い夜。狭い詰所つめしょに響く老人の声。


 語られる指輪の真相とテイテュス女王の血筋。


 そして、肝心な指輪の破壊方法は……。


「こんな感じじゃ。さて、合っとるかどうか」


(合ってるよ。一言一句違ってない。しかし、このじじいは博識だな。を解読できるなんて)


「姉さんの言葉? 何言って――」


 心の声が「姉さんの言葉」と口にしたことに思わず反応するセレネ。それをピロポイメンが興味ありげに眺める。


「陛下」


「あ、その」


 老人がセレネのほおをなぞる。皺くちゃの手が触れたのは、乙女に巣食うムカデの一匹。すると、


(痛い! このじじい、何しやがる!)


 テイテュス女王の使役するムカデがセレネの体内で暴れ出した。這い回られた場所は蚯蚓腫みみずばれのように赤くなり、


「痛い!」


 セレネは叫んだ。それでピロポイメンは確信を得た。

 

「陛下、あなたは心に女王を飼われておる。そして、共依存しながら生きてきた。違いますかな?」


「そ、そうだよ。あたしは二人でここまでやってきたんだ」


「左様ですか……さて、もう話は終わりですじゃ。わしゃ帰らせてもらいますわい」


 そそくさと立ち去ろうとするピロポイメン。その去り際に、彼は二人にこう言い残した。


「もうすぐ別れが来よう。互いに何か言い残すことがあるんじゃったら、話しておきなされ」


 こうして、アルゴリアの老人はお供を連れて帰っていった。


 その後、二人――セレネと亡き女王の魂は明朝みょうちょうまで話し合った。全てを包み隠さず。後腐れがないように。


 そして、正午になると海賊船団に新たな情報が入った。


「巨大戦艦が出航し、南に針路を執った。海流に乗れば、イラクリスへと到着まで然程時間はかからないと思われる」


 セレネは祖国へと向かう敵へと立ち向かうために、地峡越えの作業を急がせるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る