依頼主との対面

 セレネ一行が地峡付近に停泊して数日。


「姉御。ちょっと」


「うん? なんだ」


 予告なく彼らのもとを訪れた使者がいた。


(計画がバレたか?)


 不安げな表情を見せるセレネ。こちらは出来るだけ動かず、また中立を保つアケイオス政府にも海岸にまでやってこないよう約束しておいた。しかし、そんな中で自分たちの位置を知り、接触を図る者が現れた。となると……。


 少なくとも訪問者はアケイオス政府(西)の者ではない。


 セレネは警備を固め、その使節に顔を見せた。


「誰の指示でここに来たのさ?」


 使者は腰を低くし、敵意がないのを示してから言った。


「アルゴリア国から参りました。セレネ女王陛下」


「アルゴリア?」


「左様でございます」


「危険じゃなかったか? コーネリアスが今や北東部の支配者だって聞いたぞ」


 セレネは、宿敵となる男の名をわざと強調して使節に伝えた。これから彼のいる湾を襲撃するつもりで、今ここに停泊しているのだ。そんな時に現れた使節。怪しいと思うのも無理はない。


「ええ。ですが今は一大事。危険を冒してでも女王陛下と連絡を取りたい、との仰せでございますから」


 果たして使者の言葉を信じてよいものか、とセレネは迷った。


「疑わしいね。あたしらの居場所をチクる可能性が捨てきれないよ」


「では、私に指示を出したお方の名前を打ち明けましょう」


「誰だい、そいつは」


「ピロポイメン様でございます」


「何だって!?」


 セレネが聞いた名前は紛れもなく、の名だった。


 そんな男がどうして連絡を?


 セレネは彼に会いたいと思って、


「分かった。会ってやる。ただし、そちらからこっちに来てほしい。あたしらは作業で忙しいからね」


と使者に言伝ことづてして去らせた。その後、一部始終を目撃したアレクサンドロスがやって来た。


「セレネさん。帰らせていいんですか」


「いいんだよ」


 そう言うとセレネは、心の中で静かにしている女王の魂に小声で語り掛ける。


「どう思う?」


(さあね。でも、国を脅してまで指輪を欲しがった奴だ。警戒は緩めるなよ)


 女王の魂はそう言ってセレネに用心を促した。



 さらに数日後。セレネのもとに例の男が現れた。


「こんばんは、女王陛下」


 セレネの前に数名のお供を連れてやってきたピロポイメンだった。白髪交じりの黒い長髪に茶色い肌。顔の彫りは深く、そこに刻まれた多くのしわが国家の運営者としての尋常ならざる苦労を覗かせる。短チュニックから出された手足には無数の古傷があり、若い頃には戦場で雄々しく活躍していたのだろう。


 そんな老人が無理を押してまで若い女王陛下の船にまで顔を見せたので、セレネの方が申し訳ない気持ちになる。アレクサンドロスに安楽椅子を取ってこさせようとしたが、


「結構。わしゃ敷物があれば十分ですわい」


と気さくに言って、甲板に敷かれた藁の上に腰を落ち着かせてしまった。


(このじいちゃん。本当に悪い奴か?)


 セレネが彼に抱いた印象は無欲。私欲のために動く男とは思えない。そんな男がなぜ、指輪の強奪を持ちかけて来たのだろう?


「おや、その目はわしを疑っておられるな? 『どうしてこんな老いぼれが指輪を求めたのか』と」


「あ、そうだ。よく分かったね」


「わしゃ、三〇年も政界に身を置いとるから、人の気持ちが手に取るように分かるのでな。女王陛下はお若いが故、素直で良い乙女のようじゃ」


「あ、そう」


 どんなことも隠せない。この男には自分の心中など透明なガラスのように見透かしてしまうのでは、とセレネは思った。


「じゃが、噂とは違うのお」


 セレネの目を見据えて、ピロポイメンは彼女の核心を突く。


「どこか寂しさを感じながら、それでいて自ら孤独を選んでおる。『自分は愛されてはならぬ』と決めつけておられるようじゃ」


「……」


「女王陛下。気分を害されたならわしゃ頭を下げるし、なんなら遠慮なく首を落としてもらってもよい。こちらの従者は僅かで、そちらは何百人もおるようじゃし、難なく討ち取れよう」


 自分を試しているとセレネは思った。


 失礼な事を述べた老人を切り捨てるか否か。彼は精神的に優位に立ち、その点では勝ち目などない。


 自分を抑えるか、それとも……。


 数秒の沈黙。セレネはサーベルを部下に渡してから、ピロポイメンを立たせた。


「あんたの言う通りだよ。何でもお見通しってわけかい」


「ほほっ、ちょいと試してみただけですわ。じゃがこれではっきりしましたよ」


「何がさ?」


「陛下が邪悪な女王ではないことが。これで心置きなく話せるというものですじゃ」

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