巨大戦艦

 コーネリアスの姿は、アケイオス北東部の港にあった。


「素晴らしい。これが女王に対抗して造られた戦闘艦か!」


 巨大戦艦の威容に彼は圧倒されていた。


 全長百めーとるのガレー船を一枚の甲板で接続し、その間に天守と見紛う高さの塔が堂々と建てられている。塔の頂上は平たくなっており、そこには積める限りの投石器カタパルト大型弩砲バリスタが設置されている最中だ。


 さらに甲板下には防御力向上のために銅板が張り付けられている。セレネが装着した鉛板とは違って分厚いそれは船の機動力を犠牲にする代わりに、飛び道具を防ぐ防御性能を付与する。


 攻防一体の強力な海上の城。不沈艦と呼ぶにふさわしい兵器。


 その艦長にコーネリアスはもうすぐ就任する。彼の気分は高揚しっぱなしだ。


 これさえあればイラクリスを、海賊女王を倒せる。


「はは、待っていろ、海賊女王! お前の首を取り、息子の仇も討ってやるからな。くくく……はーはっは!」

 

 ドック内に大勢の船大工がいるのも構わずに高笑いをするコーネリアス。


 もはや敵はいない。誰も私を止められない。止められるとすれば、超常的な力を持つ者のみ。それは女王の血を引く連中。


 それと本国で獄に繋がれているパウルス。


 彼は捕虜返還により、グラエキアに戻されるとすぐに「敗戦の罪」で拘束されてしまった。なお、


「コーネリアスも敗戦の将ではないか! なら、奴も告訴するのが筋というものだろう」


と訴える議員もいた。だが当の本人は本国に戻らず、アケイオス北東部に身を置いてしまったので罪を問いようがなかった。当然、夫を奪われた妻たちは怒りを抑えきれず、コーネリアスの極刑を望んだが暖簾のれんに腕押しだ。


 コーネリアス本人もそれを分かっていたのか、祖国に戻るつもりなどなかった。


 彼は念仏のように唱えた。「自分はグラエキア人としての誇りなど捨てた。復讐のためには致し方ないのだ」と。


 その一方で、己の行いに一抹の不安も感じていた。


 自分自身が、厄災になってはいないか。まるで、祖先から聞かされた真実をなぞるように。本当にこのまま突き進んでいいものかと。


 しかし、今のコーネリアスはセレネと同様に後戻りできなくなっていた。


「さあ、お前ら! 休まず働け。未来の王のお言葉だぞ!」


 コーネリアスは自分が指輪を手にし、世界を支配するビジョンが訪れることを確信しながら、今は船大工たちを鞭で従わせ一刻も早い巨大戦艦の完成を急がせた。



 アケイオス半島北部は東西に分割されたが、元々は連邦国家だったから、各連邦の首脳同士の繋がりは失われていなかった。


「コーネリアスは危険だ」


「彼に協力して良いのか? いずれは我が国も危険な目に遭わされるやもしれぬ……」


 半島北東部にあり、コーネリアスに港を貸し出しているアルゴリア国。その有力者の間には危機感が募っていた。


 自分たちは、彼の野望の片棒を担いでいるのではないか? 果たして、それは正しいことなのか。


 そこに東からの噂――グラエキア政府がコーネリアスを血眼になって探している、との情報が届くと彼らは座視してはいられなかった。


「なら、わしが西側の同胞に連絡を取ってみようて」


 そんな中、アルゴリア国の最有力が西側とコンタクトを取ろうと申し出た。名はピロポイメン。彼は先月末まで輪番執政官――アケイオス連邦は一月ごとに執政官を交代しつつ国家運営をする政治制度を採用していた――を務める程の大物だ。


 ピロポイメンはコーネリアスに密通が漏れぬように細心の注意を払いながら、中立を保つ西側に使者を放った。その結果、ある情報を掴んだ。


 海賊女王が地峡の西側に潜み、何やら計画を練っているらしいということを。

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