襲来
強い日差し。気まぐれに吹く風。海上に泡立つ波。
「櫂をしっかり漕げ!」
そこに加わるコーネリアスの怒声。彼の座乗する巨大戦艦「ヘルメイアス号」は並列された船体で大きく波を突っ切り、多島海を南に航行中だった。
太陽神の名を冠した巨大戦艦。それはコーネリアスの「太陽神の力を得る」という目的のために
コーネリアスは、一艘で数十艘分の戦闘能力を有する巨大戦艦を手にしても、一抹の不安を振り払えないでいた。
相手は人体を灰にできる程の魔法を使える。
もしかして自分よりも遥かに強いのではないか。
だとしても自分は戦わねばならない。彼女の有する指輪を手にしなければ、野望は成就できないのだから。
右手に得物の強弓を握り締めつつ、コーネリアスはイラクリスの完全破壊及び女王の抹殺を仕遂げようと固く決意した。
「艦長、風の流れは我々に有利に吹いています。この調子なら二日もあれば辿り着けるでしょう」
協力を強いられた議員の一人が落ち着かなげに報告。コーネリアスはいつ何時でも得物を手放さず、常にイラクリスの方に向けていて、それが大変に恐ろしく思えたのだ。
「さあ、女王よ。泣いて許しを請うがいい。私はその首に矢を打ち込み、指輪を頂くとしよう。はーはっは!」
陸の大国の指導者は、海の上で獅子の如く吠えた。子分のアケイオス製ガレー船百艘を従えて。
◇
一方のイラクリス。住民は大慌てで避難を進めていた。彼らは女王の聖域に向かい、押し合いへし合いなだれ込んでいく。
「慌てるな。全員入れるからよ」
「その通りっす。あと、子どもたちから優先して入れるように協力するっす!」
デメトリオが避難を指揮し、住民三千人の内千人程を収容。残りの二千人は、
「デメトリオの旦那。準備は万端ですぜ」
甲板上で戦える者は武装させ、それが無理な者は漕ぎ手として船に乗せた。
「よし、避難は終わったっすね。うん?」
デメトリオが一仕事終え休息を取ろうした時、ふと目に入った怪しい人影。それが王宮の方角に向かっていく。
「おい、待つっす!」
海の男のしなやかな体が大地を蹴り、影の後を追った。
「捕まえた! 何してるっすか。君は避難しなきゃダメっす」
影の主を捕まえると、デメトリオは途端に優しく話しかけた。王宮に走っていったのは少年だったからだ。
「ごめんなさい。でも僕、女王陛下が心配なんだ。だって王宮にずっといるんでしょ? どうして逃げないの?」
女王を心配した末の行動。少年が白状するとデメトリオは彼の頭を撫ででやり、
「それが女王陛下の仕事だからっす。でも安心するっすよ。女王陛下は強いっすから」
と言って少年を安心させるのだった。
◇
イラクリスの女王が玉座に座る謁見の間。召使いの代わりに武装した男共がうろつき、物々しい空気が漂う中、
「避難は終わりやした」
間の抜けた声で報告するデメトリオが扉を開けて入って来た。対する女王と男共は噴き出してしまった。
「なんすか? あっしはいつも通りっすよ」
「いや、それがこの場に合ってねえって思えちまってさ」
男の一人がデメトリオに弁解する。緊迫した雰囲気にそぐわない彼の口調がおかしく思えたらしい。
「そうっすか。そりゃ困りやしたね。あっしはこれで二五年も生きてるんで」
その一言がまたもや彼らの笑いを誘う。ただ、勘違いをしないでほしいのは、彼らがデメトリオを馬鹿にしている訳ではない、ということだ。
笑っていないと、これから迫る強敵を前にすくみ上ってしまう状況だったのだ。
「多島海の島々は白旗を上げ、抵抗した島には容赦なく攻撃してたよ」
女王の肘掛けに手を置き、状況報告をするミュリナ元女王。彼女は祖国を失おうとも決して気落ちせず、今はイラクリス防衛のために奔走していた。
「ありがとうございます。ミュリナさん」
「いいってことよ。あんた、あたいらを助けてくれたんだからさ。それにここも失ったら、みんな根無し草になっちまうだろ? 仮初の女王陛下」
「その通りね。だから守らないと。お父様が遺してくれた、この国を」
玉座に座る仮初の女王――クロエがミュリナと話していると、
「敵だ!」
と声が挙がった。灯台の火が敵襲を告げ、水平線から見えてきたのは塔のような構造物。
ヘルメイアス号が、イラクリスに舳先を向けてやって来たのだ。
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