宣戦布告
時は戻る。
グラエキアの使節は足を組み、ふんぞり返ったセレネに対面すると、しばらくは言葉が出なかった。
セレネは
「何しに来たんだ?」
セレネが口を開く。対する使節はおどおどした様子で答える。
「えーとですね、捕虜の返還をですね――」
「聞こえない。はっきり言って!」
怒声を浴びせると共に、右手の王杓を地面に打ちつけてみるセレネ。肩をピクリとさせる使節の護衛たち。彼らは、顔から冷や汗が噴き出てくるのを感じた。
「ええ、ですから捕虜を返還を願いに参りました。国王へ――」
「国王? おかしいね。あたしは女だよ。呼び方を間違えたんじゃないか?」
セレネは使節に圧力を加えた。何をどう訂正してほしいかが分かっているだろう? と言いたげに。
使節は堪忍袋の緒が切れそうになるのをどうにか抑えて言った。
「じょ、女王陛下。捕虜を返還していただきたい」
「よろしい。で、対価は?」
セレネは主導権を決して手放さずに話を進めていく。使節は抗う術なく同調する。
「こちらが捕虜返還の対価でございます。お受け取りを」
力の入らぬ手で使節が渡そうとしたのは小包。手の小刻みな揺れ動きで擦れ合う音が響く。中身は大量の銀貨だ。
「どうか、これで――」
「ふうん。要らないね」
セレネはそれを使節の手元に投げ返してやった。
「な、いくらなんでも無礼ではないか! こちらが頭を下げているというのに」
使節が不機嫌に言ったが、セレネには動じる様子がない。
「決定権はあたしにある。受け取りたくないんだ」
「なぜです?」
理由を問う使節。すると、セレネは
「この銀貨には、あたしを裏切った祖国の名が彫られてる。こんな物はタダでも受け取らないね」
と言った。
もう使節は遠慮しなかった。
「
使節の周囲にいる護衛たちも手に持つ棍棒に力が入る。張り詰めた空気が辺りに立ち込め、女王の返事次第ではそれを振るう覚悟だった。
それを見たセレネはケラケラと笑い出すと、
「あんたたちの方がひどくないか? 金銭でどうにかなるって考えてるじゃないか。
と回答し、執事に目配せで捕虜を連れてこさせた。
これで使節一行は目的を果たせたわけだから、後は帰国……のはずだったのだが、使節は怒りをぶちまけずにはいられなかった。
「女王陛下の振る舞いは必ずや議員たちにお伝えしよう! そして、貴国への宣戦布告も検討されるでしょうな」
セレネは「へえ」と言ってから、今度はデメトリオに頼んでおいた物を持ってこさせた。それは手の平サイズの船の模型だった。
「これがあんたたちの船だとして」
模型を手の平に置くセレネ。彼女は何をするつもりなのか、と
一同の注目を集めたところで、セレネは手の平を返す。
ガシャンッ!!
当然、船の模型は床に落ちて壊れてしまう。それから、彼女は笑みをつくるとこう付け加えた。
「あんたたちが乗る船の運命さ。ちゃんと伝えてね」
「ぐぬぬ……では、それも忘れずに伝えよう!」
使節は怒り心頭に発したまま、女王に別れの挨拶もしないで王宮を出ていった。
交渉――そう言っていいものか――は終わった。緊張の糸が切れたセレネは大きく息を吐くと、
「この衣装、疲れる!」
と言って、王冠やその他一切の装飾品を外してしまった。傍にデメトリオがやって来ると、彼はセレネの額の汗を拭いてやった。
「名演技っすよ。姉御」
「ありがと……お父さんも、ここに座る時はいつもこんな気持ちだったんだろうな」
「いや、そんなこともなかったと思うっすよ。訪問者っつったらミュトゥムの人だけっすから」
「あ、そっか。そりゃそうだな」
大笑いをするセレネ。そうだ、この国に進んで足を踏み入れる人なんている訳がなかった。
「はあ、少し気分が軽くなった。風呂入ってこよ」
そう言うとセレネは謁見の間を去った。その背中を見送りながら、デメトリオはどうにも納得できないといった顔をする。
(やっぱ、何か隠してやがる。姉御は何がしたいんだ? わざわざ戦争を煽り立てても意味なんかねえってのに……)
◇
海賊の国に再び女王が君臨した。
情報は世界中を駆け巡り、各国首脳陣が対応に追われることとなった。
世界中をかき乱す役割を演じたセレネのあくまで目標はたった一つ。
イラクリスを良い国にしたい。
それだけだった。しかし、使節とのやり取りはそれに逆行しているように思えるが……。何か隠していることがあるのだろう。
彼女の真意が明かされるのもそう遠くはない。
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