意見の一致

 セレネの決意を強固にしたのは、帰国後に知らされた父の死だった。


 いつもはクソ親父と罵っていたセレネが、この時は、


「お父さん!」


と三年ぶりに呼んだ。


 告げられた真実と手渡された一房の髪束。デメトリオと姉クロエの沈痛な面持ちが、さらに辛い現実をセレネに突き付ける。


「パパ!」


 四歳のイアソンにも父の死は理解できた。彼の小さな手に、セレネが髪束を添えると、


「僕もパパみたいな立派な王様になるから、お空から見守っててね!」


と涙を浮かべ、国を背負う王としての決意を空に向けて話した。それを隣で見ていたセレネは、柔らかい弟の手を取った。


「じゃあ、イアソン。良い王様になりたいなら、あたしのいうことを聞いて」


「いいよ、どんなお話?」


「イアソンはまだ小さいから、大きくなった時……、悪いお手本を見せるから。こんな王様になっちゃダメよって奴ね。絶対に忘れちゃダメよ。忘れられたら、あたしは悲しくなっちゃうから」


 イアソンは何か言いたそうだったが、セレネはその口にしーっと手を当てて発言を許さなかった。


 セレネは思った。


 そうだ、これは「呪い」を秘める自分のため。ひいては弟のため。自分ができる最大の貢献は、父が遺した国を海賊業から足を洗わせて、健全な国に変えること。


 きっと父も許してくれる。きっと父も同じことを考えていたはず。きっと父も息子の手を海賊業で汚してほしくなかったに違いない。


 勝手な思い込みだとセレネは感じていた。だけど、一度決めたことはもう変えられないし、変えたくもない。


(イアソン、あんたに遺してやるよ。穢れを取り払われたイラクリスを!)



 その後、セレネは王宮の召使いに命じて革靴に黒いコートの作成を作らせた。自分の体形に合うように、と付け加えて。


 次にデメトリオに指示を出す。


「あんたには船団増強の監督をしてもらうよ。拒否権はなし!」


 否応いやおうなく従わされるデメトリオ。彼は表向きは従いつつも、その胸中は穏やかではなかった。


(姉御。とうとうあっしに何も詳細を告げねえようになっちまいやがった)


 デメトリオがイラクリスとレス島を往復する間に海賊団の首領は幼さを脱ぎ捨て、代わりに勇ましくなったようだ。それだけならば、デメトリオも深刻には考えなかったろう。


 問題は、彼女が進んで孤独を求めているように見えたことだ。セレネが自分に見せてくれた、笑って、泣いて、飲んで、歌って苦楽を共にした、かつての姿はなかった。


「デメトリオさん」


 彼の袖を引っぱるクロエ。彼女もやはり姉という立場上、セレネを心配そうに見ていた。


「クロエ様の気持ちとあっしは多分同じ気持ちっすよ。でも、ああなった姉御はもう止められねえっす」

 

「分かってるわ。だけど、なんでしょう。こう、表しようのない覚悟を感じるの」


 二人はセレネを案じるも、本心を見せぬ彼女をどうすることもできなかった。

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