僭主と指輪

 バッターン!!


 王宮に乗り込んだセレナは執事の案内を待つこともなく、謁見の間を探し当てると、そこに乗り込んでいった。


「誰だ? 無礼者め!」


 セレネの正面にある玉座で大声を出したのは、カタナーの王ヒエロニムス。茶色いマントに皮ブーツと金製のバックル、ネックレス、イヤリング、冠といった金満家を体現した彼は、扉を蝶番ちょうつがいごと倒したセレネに不快感を露わにした。


「陛下、誰です? この少女は」


 そうヒエロニムスに尋ねたのは、彼の傍にいた使節。マントが緑地に狼の刺繍だったから、セレネはその使節がアケイオス連邦の者と分かった。


「じゃあ、あんたはなんでここにいるんだ?」


 質問に質問で返すセレネ。彼女にはその使節が何かを催促しているように思えたから、まずはそちらを解消しておきたかった。


「こいつ……まあよい、私は品を受け取りに来たのだよ」


「品?」


「代金を前払いしたのに、品が届かなかったのだ。一月半も届かなきゃ、金だけくすねられたと思うのが普通だろう? それで陛下にお願いしていたのだ。『ルビーの指輪を渡せ』と。そしたら『もう届いているはずだ』と言うばかりでらちが明かない。まったく、そんな嘘が――」


「これか?」


 セレネが使節の口上に割って入り、首に下げられた指輪を見せた。それを見た使節の目は宝石のごとく輝きだし、活気が戻ったようだった。


「それだ! 執政官殿の言った通り、大きくて丸いルビーがめられているな。おい、それを差し出せ。これまでの非礼は許してやろう」


 ころりと態度を変える使節。対してセレネは指輪を指に嵌めようとして見せた。


「おい、やめろ! 死ぬぞ!」


 これまで玉座に座ったままのヒエロニムスが、セレネの動きを見ると途端に立ち上がり、彼女から指輪を取り上げようとする。だが、それを軽く避けるセレネ。


「やっぱり。『この指輪を嵌めれば死ぬ』らしいけどさ、あたしはこんなことも知ってる。『これを嵌めた者が神の血を引く者なら、絶大な力を手にできる』ってね」


「なんと、お主はどこでそれを知った? そもそもお主は何者だ?」


「指輪のことはあんたが首を刎ねた人が残したメモからさ。アルキュタスって奴の。その人の書斎に入れてもらってちょちょいっと読んできた」


「何? なぜお主が奴の家を勝手にうろつけた? 衛兵がいたはずじゃぞ」


「それに関しては私が彼女と協力して退けました」


 パウルスの声だ。彼が謁見の間に入ると、張り詰めた空気が辺りに漂う。右手のサーベルを抜いたままだったからだ。


「私の友人を殺しましたね。陛下」


「友人? なるほど、アルキュタスの文通相手はお主のことじゃったか。じゃがな、あやつは死は正当じゃよ」


「なんですと?」


「わしを追い落とすため、あやつは政変を企んでおったのじゃぞ。その指輪を使ってな」


 ヒエロニムスは、セレネの持つ指輪を指して話し続ける。


「わしは王の血は引いておらんでな。じゃが、あやつは王家の生まれで最後の生き残り。指輪の力で殺されてはかなわぬ故、そいつを国外に出したかったのじゃよ。大金と引き換えにの。じゃというのになぜ、女子よ。お主がそれを持っとる?」


 そう聞かれたら答えるしかあるまい。セレネはゆるりと指輪を嵌めた。


「なんと!?」


 王と使節が目を見開いた。眼前の少女が天井に届く程の青白い炎を見に帯び、敷かれた絨毯じゅうたんに着火させたのだから。それでいて、嵌めた本人は肩で息をしながらも平気そうな顔をしている。


「じょ、女王の影が!」


 使節にも見えた、あの女王の似姿。アケイオス人も憎んでやまないあの女が、自分を見つめていた。


「これで分かったろ。あたしは海賊王の娘だ!」


 セレネが指輪を外し、いつもの愛らしい顔に戻っても、王と使節は自分たちの方がしもべであるかのように彼女に接するようになった。

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