悪しき指導者の見本

 時はさかのぼる。セレネはパウルスを船に乗せ、カタナーに到着した。


「ひっどいな」


「同感だ」


 セレネとパウルスが同じ感想を述べた。最初の光景が市民の大量処刑だったのだ。これで「ひどい」以外の感想が出る方が不思議だ。


 カタナーは十年前に神の血を引く王家の者が粛清され、以降はヒエロニムスという男が君臨していた。新たな支配者にして僭主せんしゅ――不当な方法で王位を奪った人物を指す――となった彼は、国内を圧政と流血で治めていた。


 首を切られたり、火あぶりにされたりして殺害される者の最期を否応なく――処刑場は港の入り口付近に置かれていた――見させられるのだ。僭主の人間性が察せよう。


 気分を悪くしつつも、セレネ一行はカタナーの王宮へと向かう。


 トリタナス島の特産品である白大理石をふんだんに使われた美しい王宮は陽光を浴び、綺麗に照り映えていた。


 だが、その入り口付近で所々に赤い点々が散らばり、その近くに首無し遺体があった。


(うん? あれは)


 パウルスがその死体に付けられたままのネックレスに注目した。どこかで見たことがあるような気がしたのだ。彼は遺体に歩み寄り、それをつぶさに調べる。


「どうしたのさ?」


 セレネがパウルスに尋ねる。だが、彼はどこか上の空。やがて唇を震わせて、


「まさか……」


 これまで落ち着きを崩さないでいたパウルスが、突如として遺体を強く抱きしめ、ほろほろと泣き出す。


「アルキュタス! お前もヘルメイアス様の元に召されたのか!」


 取り乱した彼に驚くセレネ。ややあって、パウルスは語った。


 自分とアルキュタスは父祖の代から交流があったこと。


 カタナーで政変があって以来、情報が遮断されてしまい心配だったこと。


 商人の情報で、市内の王族や貴族が軒並み処刑されているということ。


 パウルスは友人が、無残な死を遂げたことに冷静ではいられなかったのだ。セレネは彼が落ち着くのを待ってから「大丈夫?」と声をかける。


「ああ、どうにか」


 涙を拭きとり、パウルスは重い腰をあげた。個人的な感情で周囲を困らせてはならない。今の自分は捕虜で身勝手な行動は許されないのだ、と己をいましめる。


「おい、罪人に触れるな」


 向こう側から斧持ちの男が一人、セレネ一行の前に出てきた。斧には乾ききっていない血液が付いていることから死刑執行人のようだ。


「おい、あんた。遺体をどうするつもりさ?」


 セレネが死刑執行人に食って掛かった。男の返事はこうだった。


「川に捨てろとの命令だ。罪人に墓など必要ないと」


 男はヒエロニムスの指示を実行しようと、セレネ一行を押しのけようとする。だが、


「いや、そうはさせないよ。こいつの友人がここにいるんだ。墓ぐらい造らせてやってもいいだろ」


とセレネはパウルスを指差して、埋葬を許可するよう迫った。死刑執行人は舌打ちし、面倒くさいとばかりに言った。


「ダメだ」


 そして、そのまま遺体を川のある方へ運び出そうとする。


「おい、話を聞けよ! あんただって知り合いを弔えなかったら嫌だろ」


「おい、あんまりしつこいとお前の首も――」


 男はそこまで言いかけて、セレネの首にかけられた指輪に目を落とした。すると、


「ど、どうしてそれを持ってやがる!?」


とそれを指差し、急にがくがくと震え出した。その後、


「へ、陛下が売り飛ばしたはずの『呪物』がどうして……」


と発言したことで彼の怯える理由が納得できた。セレネはおもむろに指輪を括りつけた紐を外してみせると、


「あんた、これが何だか知ってるんだな」


「当たり前だ! 嵌めると死ぬ指輪だろ。おい、それを近づけるな。怖い!」


「だったら、あたしの言うことを聞いて」


 セレネは指輪で男を従わせ、パウルスに友人を弔う許可を引き出した。それが行われる最中、セレネは考えた。


(嵌めると死ぬ? あたしは死ななかったぞ)

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