女王の君臨

 潮の香りが漂い、陽光が降り注ぐイラクリス王国。


 その市内を進む、使節一行の姿があった。


 (くそっ!)


 グラエキアの使節は現地住民から向けられる好奇の視線と、それに籠められた侮蔑の念をひしひしと感じつつ、足早に王宮へと走った。彼に合わせて、棍棒持ちの護衛も息を切らせながら付き従う。


 住民たちは一カ月前に行われた、海戦と陸戦の結果を知っていた。


 我が国が海と陸でグラエキアの軍勢を打ち破った。


 だが、アケロン王は海に散り、遺体は帰ってこなかった。


 グラエキアの魔法を使える執政官が、王の死を喜んだ。


 なぜ、王を殺した国の使節がここに来た?


 様々な思いが無言の圧力として使節に注がれ続けた。護衛を連れてこなければ、自分はイラクリス市内で住民に命を奪われていたかもしれない。そう使節に思わせるぐらいに、王を失った人々の憎しみは深かった。


 先王アケロンは、その子供思いな人柄が住民に慕われていたのだから。


 他国の人々がどう思おうが関係ない。「見捨てられた人々が集まる国」の王。世界で唯一の、最後の希望となる国の指導者。それがイラクリスの王なのだ。


「陛下は謁見の間におります。こちらです」


 執事が案内してくれる間でさえ、使節一行の不満は増すばかりだった。


 ムカデの国旗にテイテュス女王の肖像画が飾られた廊下を歩かされるとは……。


 小さな王宮の短い廊下が、使節には巨大な牢獄とその道中に思えてくる。本来なら罪人はテイテュス女王で、その末裔の方が牢にぶちこまれるのが道理のはず。だというのに、ここでは自分が罪人のよう。 


(ふんっ、まあよい。捕らえられた執政官を引き取れば仕事は終わる。少しの辛抱だ)


 捕らえられた執政官とはパウルスのことだ。彼は海戦で捕虜になるという恥をさらしただけでなく、海賊に艦隊を壊滅させられるという負の功績まで築いてくれた。


 そんな男の引き渡しを、よりにもよって海賊王に頼まねばならない。グラエキア人として、これほどの屈辱はあり得なかった。


「お待たせしました。では、どうぞ。お入りください」


 執事に促され、使節一行は謁見の間に足を踏み入れた。


 あと数時間。交渉を終えれば、後は帰路につける。使節の頭は帰国後のことで一杯だった。


「陛下。私はグラエキアから」


「こんにちは。グラエキアの使節殿」


 使節は予想外の事態にしばし呆然としていた。


 事前情報とは違う人物が玉座に座っていたからだ。


 出航前の情報だとイラクリスの新王は四歳の男の子と聞いていた。だが、今自分に声をかけてきた者は年齢不相応の挨拶をしてきた。幼児がそこまで畏まった口ぶりはしないだろう。


 また、新王の恰好も異様なものだった。玉座に座る人物は、革靴に革手袋、黒いコート、腰に帯びたサーベルにきらびやかな王冠を被っている。これは明らかに「あの人」を真似たもの。ということは……。


「初めまして、グラエキアのお使いさん。新王のセレネだ。よろしく!」


 グラエキアが嫌悪する女王の身なりをした、新たな海賊女王の即位。


 セレネは覚悟を決めていた。


 自分が全ての業を背負い、イラクリスを導くのだと。

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