復讐を誓う執政官

 コーネリアスは、残された船団を率いてメートーへと針路を採った。


「執政官殿。お体の方は」


「これを見て、私が無事と思うか?」


 コーネリアスは体の一部に大火傷を負っていた。本来なら一刻も早く本国で治療を受けないとまずかったが、まさかレス島に派遣した息子を見ないで帰る訳にもいかず、メートーへの寄港を決めた。


(くそっ、イルカ共め……)


 歯ぎしりをするコーネリアス。横槍が入られなければ海賊団を壊滅に追い込めたというのに、イルカに邪魔され、自分は負傷し、多数の船を失った。歯車を狂わされた彼の怒りは収まらなかった。


 海賊王に止めを刺せたところで、結果的には我が軍の大敗と認めざるを得なかったのだから。


「執政官殿。着岸します。上陸の準備を」


「ありがとう」


 コーネリアスはひとまず海戦の惨状を忘れようと努めてから、メートーの市内に入っていった。



 メートー市内にある兵舎。その一角が地獄となっていた。


 ペンチで刺さった槍の穂先を取り除く医師。


 針に糸を通し、麻酔なしで縫合ほうごうを行う医師。


 消毒薬を傷口に塗り、症状の悪化を防ぐ施術を施す医師。


 そして、患者である兵士たちの苦悶くもんの声が途切れることなく聞こえてくる。


 兵舎に入る前から、コーネリアスには陸戦の結果が分かった。


 海陸ともに我が軍が負けた?


 そんな馬鹿な。事前情報では我が方の戦力は圧倒的で、敵に勝ち筋などあろうはずがない。


 なのに負けた? どうして?


(ヘルメイアス様が我々を見捨てなさったのか。いや、そんなはずはない!)


 コーネリアスが自問自答している間にも、治療の甲斐なく死んでいく兵士が散見された。それが彼の心を責め立てる。「お前の傲慢が無駄死にする者を増やしたのだぞ」と言われているような気がしてきた。


「し、執政官殿」


 年配議員がコーネリアスに話しかけた。兵舎で治療中の身にも関わらず、彼は陸戦の結果を執政官に語る。


「惨敗です。遺体を回収することも叶わず……これではヘルメイアス様の……元に召されることはなく……申し訳ありません。我々がいながら」


「もうよい、お前は回復することだけを考えろ」


「いえ……よいのです。ルキウス様も死にました……私も息子殿の元に参ります」


 その議員はルキウスに忠告しなかったことを情けないと思ったらしい。己の胸に深く刺さった穂先を勢いよく引き抜くと、


「執政官殿。これで許してを……」


 そう言い残して、自ら死を選んだ。わなわなと震えるコーネリアス。そのまま兵舎の外へと出ていくと、


「息子の最期を教えろ!」


と周囲の人々に質問してまわった。少し兵舎を見て回っただけで大勢の重傷者がいたのだ。なら、ルキウスはどうだったのか。それを知っておきたかった。


 やがて、ルキウスの最期を知る男に出会った。彼は執政官に話して聞かせた。


 一人の乙女が青白い炎でルキウスの体に着火させ、数秒で火達磨ひだるまに、数十秒で灰にしてしまったことを。


(魔法を使える女だと! 間違いない、女王の末裔だ)


 コーネリアスは男を立ち去らせた後、しばし肩を震わせていた。彼は心中で問答を続けた。


 テイテュス女王の末裔に息子が殺された。


 自分が海賊王を殺したから、その帳尻合わせで息子を奪われたのか?


 どうして、穢れた女王の血は私をここまで苦しめるのか?


 そこまで自問して、コーネリアスの理性はぷつんと切れた。意味もなく笑い出す彼を見て訝しむ生存者たち。


「執政官殿、どうなされ――」


 若い議員が近づき話しかけてきたのを、コーネリアスは鬱陶うっとうしいとばかりにサーベルで喉を切り裂いた。紫のマントに鮮血が飛び散った。


「お前たち、雪辱を果たしたくはないか」


 獅子のように睨みつけ、自分の言葉に従うよう強いるコーネリアス。拒否は死を意味すると察し、並み居る議員たちは無言で従うことにした。


「よろしい。なら、船団を西のアケイオスへと向ける。すぐに支度したくしろ」


 議員たちは「はい」と力なく返事をし、憔悴しょうすいしきった兵士に発破をかける仕事に取り掛かった。


「女狐め、生かしてはおかんぞ! 必ず殺してやる!」


 コーネリアスの叫びはさながら猛獣の咆哮のよう。


 執政官はただの復讐鬼と化していた。

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