一矢報いる

「害獣を追っ払え!」


 コーネリアスは海賊を相手している場合ではなくなった。イルカ――彼にしてみれば害獣の群れが、船に絶えず攻撃を仕掛けてきたのだから。


 船上から槍や矢で撃退しようと努めるグラエキア兵。


「ピュイー!」


 その彼らが攻撃態勢を見せるタイミングに合わせ、イルカたちは船体を尾ヒレで叩き、照準を定められないようにする。


 ゴギャンッ!


 不気味な音金属音が船底から鈍く響き、海上に浮かぶ大量のびょう。陽が強く照る中、コーネリアスはだらりと冷や汗をかく。彼にはイルカたちがこう嘲っているかのように思えてきたのだ。


 まるで相手にならない。


 お前たちこそ、海では不浄なよそ者だ。早く出ていけ!


 イルカの目から溢れる、陸の民への憎悪。それがまるで、今は亡き女王の怨念と混ざっているかのようだった。


「船を捨てろ! 退艦命令だ」


 コーネリアスは船体が大きく左に傾いたことから、船内への浸水が始まっていることを悟った。こうなれば船に留まるのは無意味。さっさと船を捨てる選択をした。


 だが、彼はこのままでは終われなかった。


「おのれ! 海賊王!」


 コーネリアスは自分のみが扱える特殊を持ち出し、矢をつがえる。それは常人にはげんを張ることさえ出来ない代物で、彼はそれで一矢報いようとした。


 狙いはただ一人。忌まわしき海賊女王の末裔。


「貴様だけは、ここであの世に送ってやる!」


 やじりに特殊な力――パウルスと同様の魔法の込められたそれを、コーネリアスはアケロンの心臓目掛けて勢いよく放つ。


「陛下!」


 漕ぎ手のスタミナ切れで速力も出せず、標的とされた王は満身創痍まんしんそうい。加えて乗組員の反応も遅れた。これ以上ない最悪の事態に、あやまたず進んでいく矢は、陽光を受けて輝いていた。


 ドスンッ!!


 王の背中にまで突き抜ける衝撃。そのすぐに現れた体の火照はてり。


「ぐわあ、あ、熱い!」


 そして、火照りは体内を焼き尽くす浄化の炎に変化した。もがき苦しむアケロン。彼をどうにかしたくても、何も出来ずにいる乗組員たち。


「陛下!」


「船を捨てろ……早く……」


 薄れゆく意識の中、アケロンは最後の指示を出す。彼は分かっていたのだ。これから自分の体に何が起こるのかを。それは仲間を巻き込み、死を招くだろうことだった。


 王としてあるべき最期。


 それは堂々と、雄々しく、敵を見据えたままで逝くこと。


 アケロンは死の瞬間まで、自分を撃ったコーネリアスを睨み続けた。ムカデの兜が彼の体からほとばしる炎で揺らめいて見える。


(……あの女の幻影が、ああ!)


 コーネリアスにだけ見えた、テイテュス女王の影。アケロンの血液が合わさったことも影響したのか、それは赤黒い線で構成されていた。


(いずれはお前も連れていってやる!)


 僅か数秒の光景。そして、


 ドーンッ!!


 大きな破裂音。アケロンの体は船上になかった。


 破裂したのだ。コーネリアスの使う弓矢の力によって。彼の有する魔法が専用の矢に籠められ、命中対象は爆弾を直撃された如く吹っ飛ぶ。


 火薬が普及していない世界において最強の破壊力を持つ、コーネリアスの魔法の力は絶大だった。


「はあ……、脱出しなければ」


 だが、体力消費も大きいらしい。彼は沈みゆく船と危うく運命を共にするところだった。


「執政官殿、お助けします!」


 そんな彼を命がけで助けたのは、同じ船に乗っていた幕僚長。コーネリアスの体を抱え上げると、付近にイルカが泳ぐ海へと体を投げ出した。


「ありがとう、助か――」


「ぐわあっ! 目が!」


 飛び込むと同時に聞こえた絶叫。流れて来る黒いゲル状の物体。海水に浮かぶそれは瀝青れきせい。天然の石油だった。


 ガレー船は木材の接合部から浸水を防ぐために、その隙間に瀝青を塗布とふする。それが船体の崩壊と同時に海上に浮かび上がっていた。


 先ほどの幕僚長は瀝青を目に入れてしまったようだ。目や皮膚に強烈な刺激が走り、あまりの痛みにもがき苦しみ、最後は海中に没していった。


 (早く戦域から離れねば)


 コーネリアスは死を免れるため、必死で無事な味方の船へと泳いでいく。


 だが、戦域に新たな火種が投じられてしまう。


 それは丘の上にいた、死んだ海賊王の娘の手から投下された青白い炎だった。

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