聖獣の猛攻

「どうした、海賊共!」


 グラエキア船隊の中で、コーネリアスの乗る旗艦だけが俊敏な機動で海賊の攻撃を躱していく。同じ奴隷の漕ぎ手でも、彼の船には格別の練度を誇る者を乗せていたため、操船技術で海賊船に引けを取らなかった。


「おい、躱せ!」


 海賊船の一艘が攻撃を躱しきれず、コーネリアスの船に衝角で大穴を開けられた。


「投げろ!」


 次にコーネリアスの命令に合わせ、兵の槍が雨のように海賊船に降り注ぐ。甲板上の海賊たちは体のあちこちを貫かれ、船上が真っ赤に染まりあがった。


「攻撃止め。引け!」


 コーネリアスは後退を即座に指示し、撃破した海賊船からすぐに離れていった。隙を少なくするためだ。事実、彼を狙っていたアケロンの船がその横っ腹に衝角を突き刺そうとしていたが、それは失敗に終わる。


「旗艦だ。逃がすな!」


 別のグラエキア船が、アケロン王の船に衝角攻撃を仕掛けてきた。


 標的となったアケロン王は不利を悟る。


 大穴を開けられた僚船が右舷に、コーネリアスの船が左舷にいた。回避行動の選択肢が狭められていたのが一点。


 また、こちら側は漕ぎ手の体力が限界に達していたのに対し、相手側は戦況を見定めてから戦闘に参加しているので漕ぎ手に余裕がある。これがもう一つの不利な点だ。


(回避が間にあわん!)


 アケロンは右足が不自由だから、船を捨てて逃げようにも逃げられない。それに敵も泳いで逃げる自分たちを見逃してはくれないだろう。


 海賊王は死を覚悟する。しかし、彼は最後まで抵抗することはやめなかった。


「まだだ!」


 アケロンは力の続く限り、従者から槍をもらっては投げ、矢をつがえて敵を屠った。六人の敵兵が死んだ。だが、そこまでだった。


 距離は一〇〇メートルを切った。漕ぎ手に回避行動を命じたが、ばてていた彼らは櫂を持つ手に力さえ入らない。


 敵の衝角は確実に突き刺さる。


「船を捨てろ!」


 王が指示を出す。だが、従う乗組員はいなかった。


「陛下、俺たちは船と共に生きてきたんですよ。第二の家を捨てることなんかできませんよ!」


 アケロン王と運命を共にしようとした。海賊たちは衝角が突き刺さる直前まで、敵船の兵士を倒していった。


「お前たち……」


 コーネリアスは勝利を確信した。己の念願が成就したと思った。海賊王の首を取れば、穢れた血筋を浄化できる。女王の血を引く王に引導を渡せたぞ、と。


 だがそこに思わぬ援軍が海賊団に味方して、グラエキア船団に猛攻を仕掛けた。


「なんだ、船が小刻みに揺れてやがる」


 グラエキア船の一艘が異変に気付く。船体をそこらじゅうで叩く音。それに続いて、何かが外れるような音。そして最後にミシミシと木材がきしむ音がした。次の瞬間。


バキバキバキッ!!


 船は船底から崩れ、ものの数十秒で海底へと沈んでいった。事態が呑み込めず、反応が遅れた乗組員と共に。現場に残されたのは数多のびょう瀝青れきせい、乗組員の赤いマント。


「執政官殿。船が攻撃されています」


「何? 敵はどこにいる?」


「分かりません」


「分からない……だと?」


 コーネリアスは一瞬思考が止まった。幕僚からの報告が意味不明だったからだ。彼はあれこれ思案する。


 海に水兵を潜ませ隠密攻撃を仕掛けてきたのか。いや、それはあり得ない。我々人間は水中では機敏に動けない。その策を採ったとしてもこちらが先に気付くはず。船に乗り込まれる前に撃退できるだろう。


 となると、敵は水中に何か別の生き物を潜ませて攻撃させたのか。なくはないが。しかし、人間の指示を正確に聞き、忠実に行動できる水中生物などいる訳が……。


 ここまで考えて、コーネリアスは一つの結論に至った。


(女王の尖兵。穢れた海に生きる隠密生物か!)



 入り江の北西にある丘。そこにいたのはクロエと彼女を支えるダフニスだった。


(次はあの船よ!)


 両手を合わせ祈りのポーズをしながら、クロエはミュトゥムの聖獣に逐一指示を出していく。船が海中に没していくのを確認するたびに、彼女は次の標的を伝えていく。


 乙女の願いは声ではなく、音波という形で聖獣たちに伝達された。その仲介を果たしたのはイルカを模した兜。


 テイテュス女王の遺産。それに秘められた特殊な力を、を駆使し、クロエは父やデメトリオを救おうと必死になっていた。


(次はあの船。一際大きなムカデの旗を持つ船に突っ込もうとしている奴よ!)


 コーネリアスの旗艦が聖獣たちの標的にされるまでの間に、グラエキア海軍は二〇艘以上の船を失っていた。

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