脱出
戦場は葬式場となった。倒れた戦士たちの死体が山をなし、その大半がグラエキア・メートー連合軍のものだった。
「ひどい」
言葉を失うクロエ。この中には自分が
涙ぐむ彼女の肩に手を置いたのはミュリナだ。その体には無数の傷があったが、当の本人は気丈に振る舞った。
「気にし過ぎるな」
「でも」
「でも、じゃない。思い悩むのはやめな」
そう言い残して、ミュリナは仲間の遺体を市内に収容する
「おーい!」
沈んだクロエの心を高揚させる青年の声。ダフニスの声だ。声は大きくなり、それに比例してクロエの心も明るくなる。
「ダフニス! 無事だったのね」
「ああ、どうにか」
「だけど、あなたは投げ出されて」
「そうだ。地面に叩きつけられた。でも、助かったんだ」
「どうして?」
訳を尋ねられたダフニスは浮かない顔で、落下地点までクロエをおぶっていった。現場を見たクロエにはその理由が分かった。
息絶えたサルの折り重なった光景。それはダフニスの落下死を防ぐために命を懸けた勇敢なオス、いや男たちの亡骸だった。
「僕を助けてくれたんだ。ううん、僕だけじゃない」
ダフニスが激戦地に目をやる。そこには女性たちに混じってサルの遺体が散見された。青銅の武具を帯びた南のサル軍団は打ち合わせ通りに、女王の合図とともに戦場に乱入。その後は敵軍を
三〇〇の女戦士と少数の騎兵では勝てない。それを踏まえた上で、ミュリナは周到な作戦を立てた。
北側の斥候の情報はダフニスが敵の斥候に
「伝説を利用すりゃ、相手もビビるってもんっすよ」
と話して、かつてテイテュス女王が敢行したグラエキア侵攻作戦――一艘の女王専用船と四周をイルカに乗った混交部隊を真似して、敵の恐怖を煽る役目を請け負った。
陽動は成功した。敵船団はメートーを出航し追走を開始するも、デメトリオの部隊は西側に逃走。潮の流れも味方して敵を振り切った。その間に陸戦はミュトゥム側の勝利で決着し、敵船団はメートーの港へと大急ぎで戻っていった。敗れた同胞を心配したからだ。
戦闘前に北から吹かれた角笛の音は、木に登ったサルたちが一斉に吹き鳴らしたものだ。視界不良の森から発せられれば、大勢の敵が迫ってくると思わせられるし、そちらに注意を向けることができる。敵が多数であればより効果的だ。事実、男共はルキウスの指揮を聞こうとしなかった。
北と南からの攪乱。女性たちとサル、イルカの共同作戦はグラエキアに大打撃を与えることに成功したのだ。
しかし、戦闘に勝利してもやはりクロエの胸は穏やかではなかった。
「ダフニス、お願いがあるの」
「何だい?」
「祈ってほしいの」
「祈る? ミュトゥムの犠牲者のために?」
「それだけじゃだめ。敵にも、おサルさんのためにも……死んでいった者全てのために祈るの。どうか死後も安らかにって」
クロエの切実な眼差し。それをダフニスは
「そうしよう。二人で」
ダフニスはクロエの体に手を回し、共同で死者の供養をするのだった。
◇
それから間もなく、ミュトゥムは放棄され西端の入り江に生き残った人々が集まった。既に出航準備は完了し、ミュリナの命令一つで出発のはずだった。
「デメトリオはどこにいる?」
ミュリナが疑問を口にした。というのも、彼には陽動が成功したら入り江に戻ってくるように指示しておいたのだ。しかし、彼とイルカ部隊は入り江に来ていない。
「敵よ!」
女性の一人が叫ぶ。そして、彼女が指差す方角にいたのはグラエキア海軍。
コーネリアス率いる本隊が、レス島の北部でデメトリオの船と交戦中だったのをクロエたちは目撃するのだった。
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