三〇〇人の全力疾走

 角笛の音が吹かれたのは、連合軍が小高い丘を降りた直後だった。


「何だ?」


 ざわつく兵士たち。音は北の森からだった。伏兵が大挙して押し寄せて来るのではないか、と彼らは不安になる。


「静まれ! 斥候の情報だと敵は森に潜んではいなかった。それに敵は南にいたのだぞ」


 議員たちが兵士たちに告げて回る。現に森に放った斥候からは「伏兵なし」と伝えられていた。加えて、角笛の鳴った後に自軍は襲撃を受けていない。もし、こちらをおびえさせての奇襲ならとっくに敵は攻めてきているはずだ。


 笛の音に関しては大袈裟おおげさに考えるべきではない、と将兵は判断した。


 しかし、徴兵された連中は冷静ではいられなかった。議員の注意も聞かず、中には逃亡を企む者まで現れ出す。


「ふんっ!」


 ルキウスがのそのそと動きだし、サーベルで逃亡兵の一人を掴み上げると家畜を屠るように首根っこを切り裂いた。逃亡を試みた兵士たちが縮みあがる。


「もう一度隊列を組ませろ!」


 兵を束ねる隊長たちも、ルキウスに処刑されたくなかったので粛々と動いた。特に中央隊列からの逃亡者が多かったから、そこを重点的に修復しようとした。


 そんな時だった。南の方から金属が擦れ合う音が聞こえてきたのは。


 連合軍の将兵はいぶかしんだ。その方角に味方はいない。となると、こちらに向かってきているのはおそらく……。


「敵襲だ! 盾を構えろ!」


 隊長数名が配下の兵士にそう下知した。それを受けて、盾を襲撃方向に向ける「盾の壁」を作り上げ、敵を待ち構えた。


 だが、彼らはまたも肩透かしを食らう。ぱったりと金属音が止み、不気味な静寂が連合軍を包む。


「本当の敵はどこにいる?」


 まるで自分たちを小馬鹿にしているかのよう。本隊を探らせないための策だろうか。


「将軍殿、お気を付けください。嫌な予感が――」


 ある議員がルキウスに用心するよう促した、ちょうどその時。


 ギイイッ!!


 ミュトゥムの東側の門が重々しく開いた。かと思えば、


「走れっ!」


 ミュリナの号令一下、三〇〇人の女戦士が一直線に連合軍へと突っ走ってきた。ムカデの飾り付き兜、青染めの胸当て、青銅の輝くすね当てに籠手こてを装備した彼女たちは、


「女王陛下のために!」


と男勝りの叫びをあげて突っ込んできた。


「なんだあ、ありゃ……」


 ルキウスさえもたじろがせる光景だった。


 走るたびに巻き上がる土埃つちぼこり。一kmキロメートルはあろう距離を一人の脱落者も出さずに疾走する体力。そして、彼女たちが見せる鬼の形相。死すらも恐れぬ狂戦士の面構えが、たった三〇〇の集団を何十倍にも大きく見せた。


 右手に槍を、左手に月を模した盾を掲げる三〇〇の集団は、あっという間に交戦距離に入ってきた。一瞬の判断で勝敗が決する状況となる。


「西の敵に応戦しろ!」


 ルキウスが命令する。さすがの彼でも、全力疾走してくる彼女たちが主力だと気づいた。


 だが、将軍の命令は却って連合軍を混乱させることとなった。


 北側からは角笛。南からは金属音。西からは三〇〇の女戦士。


 連合軍は三方向に注意が散っていたため、指示が正確に伝わらなくなっていたのだ。ルキウス将軍が西側の兵に応戦しろと命じてもある部隊は南に、別の部隊は北に、といった具合に各隊が各自の判断で動いた。これで一律に軍を動かせる訳もなく……。


「突き進め! 数がなんだ。相手が十倍いようが、勝つのはあたいらさ!」


 馬上のミュリナが出した単純な指示が、最大限の力を発揮しつつあった。 

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