機は熟した
「将軍!」
報告は続く。今度は南方面に送られた斥候が情報を持ち寄って来た。
「いちいちうるさいなあ。今度は何だ」
ルキウスは悪仲間との語らい及び飲酒を妨げられ、苛立った。だが、彼の不満を斥候は無視して告げた。
「沿岸部で行軍中の敵を発見しました。メートーに向かうかもしれません」
「あんだと?」
これにはルキウスを含めた皆がどよめいた。主力部隊三〇〇〇は今いる丘の上で、メートーの守備隊は少数だったからだ。
「敵の数は? おおよそでよい。答えろ」
議員の問いに斥候が返答する。
「千は優に超えていたかと。武具に身を包んだ兵士が、整然と列を組み行進していました」
能天気なルキウスもにわかに慌てだす。父に「勝利の冠を届けます」と豪語した手前、同盟国の陥落など許されなかったからだ。
「丘を降りるぞ!」
ルキウスは興奮気味に命じた。手当たり次第に指示を出す彼に、年配議員たちが制止しようと立ちはだかる。
「どけ! 俺に歯向かうのか」
「将軍殿。罠の可能性もあります。少し待ってから動いても遅くはないかと」
「そうはいかん。
その驕りを見せ続けているのは他ならぬあなたではないか……。そう言ったら彼の父に首を斬り落とされるので、年配議員たちは口を塞いだ。
「将軍。僕たちは賛成です」
「老いぼれ共の言葉に耳を貸す必要なぞありませんよ」
逆に若い議員――三十代前半の連中はルキウスを支持した。彼らはこの馬鹿息子に追随することで出世を企み、また年配議員も失脚も兼ねて、ここぞとばかりにルキウスに
「あいつらは将軍が戦果を挙げ、凱旋式の栄光を受けるのが憎たらしくてならないんですよ」
ルキウスは自己に都合の良いことを言ってくれる若者議員に笑顔を、忠告をしてくる年配議員には、ねめつける顔で応対する。
それが連合軍の運命を決めた。ルキウスの号令が飛ぶ。
「丘を降りる! 集まって整列の後、南下するぞ」
◇
「敵が丘から降りたな」
ダフニスは万事が自陣に有利となっていくのを感じた。彼は共和国軍の斥候が着る軍服を脱ぎ捨てると馬に飛び乗り、ミュリナの待つミュトゥムへと馬首をめぐらせる。
「キー」
「安心して。君たちの方に敵がやって来ないようにするから」
今にも泣きだしそうな顔をしたサルたちを、ダフニスは安心させようと励ました。目線を合わせ、頭を撫で、一匹ずつ抱きしめてやる。
「ッキー」
「ああ、僕が泣いちゃダメだね。ごめんよ」
ダフニスの涙がサルたちの頭や顔に落ちる。それが彼らを心配させたことを申し訳なく思い、王子は誤魔化した。
「さあ、君たち。僕がここを去ったら姉さんの言う通りにするんだよ」
ダフニスは馬に鞭打ち、市内で待つ人々のもとへ急いだ。
王子が見えなくなるのを確認すると、サルたちは女王の言いつけ通りに、
ブウゥオー!!
と角笛を高らかに吹き鳴らした。
それが開戦を告げる合図となった。
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