東の馬鹿息子

 レス島では大急ぎで戦闘準備が進められていた。


 一方、戦いを煽り立てたメートーの男共はどうだったか。彼らも戦に備えているのだろう……と思ったらそうでもなかった。


「ぷはあっ、うめえ!」


 メートー市内は、ある男のせいで乱痴気騒ぎになっていた。彼は東から船で乗り付け、着岸した途端に酒場へ直行。そのまま入りびたり、踊り子たちに手を回していた。


「おい、ワインおかわり!」


「あいよ」


 真昼間から酒浸りになっていたのはルキウス。コーネリアス執政官の息子だ。


「あの、将軍殿……」


 ルキウスを将軍と呼ばざるを得ないことに歯噛みする議員の一人が、彼に忠告した。


「間もなく進軍するのですから、飲み過ぎはお止めください」


 議員のいさめを受け、ルキウスは持っていた酒杯をテーブルに叩きつける。続けて、その議員に詰め寄るとこう恫喝どうかつした。


「お前。親父のおかげでうまい汁をすすれてるのに、息子の俺に指図するのか!」


 萎縮いしゅくする議員たち。彼らは内心でコーネリアスを呪った。「どうして我々はあなたに同行できないのですか? あなたに尽くしてきたのに」と。


 というのも、コネーリアスは親身な議員だけを引き連れ、アケイオス半島へ船を進める準備を進めている最中だった。親身というのは彼に多額の賄賂を渡した連中で、そうでない議員は片やパウルスに押し付け、片や息子のおもりをさせた。


 要するに、コーネリアスは自分に進んで奉仕した議員以外には損な役回りを与えたのだ。パウルスに従った親コーネリアス派は失態を演じたが、お守役たちはどうだったか。


 結論から言えば、彼らはより無能だった。


「ほら、お前たちも飲め。将軍命令だ」


 ルキウスの言葉を拒むこともできず、一人の議員が飲酒に付き合った。


「ほう、いその香りも悪くはないな」


「だろ? おい、突っ立ってるお前らも飲め。俺のおごりだ!」


 議員が続々と自分に付き合うのを見て、ルキウスは調子に乗る。ここでもし、勇気を以て彼を注意できる大人がいれば、その後の展開も違っただろう。だが、


「分かりました、将軍殿。ですが、お供するのは今日だけですよ」


 結局、大勢の議員が酒宴しゅえんに興じてしまった。どうやらお守役の議員たちに気骨のある人はいなかったようだ。



 もし、グラエキアの議員たちに予知能力があり、少し先の未来が見通せたら、


「どうしてあの時、馬鹿息子に精一杯の注意をしなかったのだろう」


と嘆いたに違いない。


 ワイン代や踊り子との接待代、買い物代などとは比較にならない程の代償が待ち受けていることを、この時の彼らは知らなかったのだ。

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