救援信号

 ミュリナがうれいていると、市内に住む女性たちが押し寄せてきた。


「どうした?」


「炎が!」


「うん?」


「灯台に青白い炎が! イラクロスの助けを仰ぐのですね。女王陛下!」


 女性たちの目は太陽のように輝き、闘志が溢れ出ている。女戦士の集団がそこにはあった。


 青白い炎。出せるのは一人しか心当たりがない。


(クロエだな。でも、おかげで勇気が湧いてきた!)


 ミュリナ女王は、クロエにそうしろと命じた訳ではない。しかし、そこは上手く言いつくろった。


「あたいが命じたのさ。『イラクリスに援軍を要請しろ。彼等の力がありゃ、グラエキアと東の男共もまとめて木っ端みじんにできる』ってな!」


 盛大なハッタリだが女性陣には効果抜群だった。彼女らは持ち寄った護身用の短剣を抜き、


「我らはテイテュス女王の末裔たるあなたのために、身命を賭す覚悟です」


と忠誠を誓った。


 ミュトゥムは開戦一色に染まるのだった。



 ミュトゥムの湾入り口付近にある灯台にいたのは、クロエとデメトリオの二人。


「クロエ様。陛下に断りもなく、こんなことは」


「もう遅いわ、デメトリオ。付けちゃったもの」


 二人は陰でグラエキア使節の尊大な態度を苦々しく見ていた。上から目線で女王を見下すだけでなく、彼らは王宮を去る道中で市内の女たちに手当たり次第に声をかけていた。耳障りで下品な言葉が、女性たちの耳に無理やり入れられたのだ。


 彼らの女漁りを目撃したクロエは、同じ女性として黙っていられなくなった。


 それが王宮を勝手に飛び出し、灯台に走り、火を上げて本国への連絡を取るという行為に至らせた。ダフニスと同じく衝動的な行動だった。


「あなたは戻っていいのよ?」


 クロエはそう言ってから眼下に停泊中の海賊船を見やる。本当は彼や仲間たちを巻きこむのが嫌だったので、デメトリオに自分を残して本国に戻るよう指示を出していた。


「クロエ様。二度も言わせないでくだせえよ。クロエ様を置いては帰れまやせん」


「でも……」


 クロエはいざとなれば、ダフニスやミュリナ女王と共に剣を手に戦う覚悟ができていた。無論、箱庭育ちの彼女に戦闘経験などあろうはずがない。妹セレネと違い、血にまみれたこともなかった。


 だが、彼女は戦う気持ちを抑えられなかった。やはり、テイテュス女王の血筋がそうさせたのか。


 それとも、仮初かりそめの結婚であっても、ダフニス王子から離れたくないという思いからか。


 もっとも、それはクロエ個人の事情。デメトリオを含めた男共には何の関係もない。余計な厄介ごとに参加させたくないし、下手をすれば全滅だってあり得る。戦に詳しくない彼女でもグラエキアの国力については知っているから、勝ち目薄なのは明らかだ。


「クロエ様、繰り返しやすが、あっしは帰りやせん。だって」


 デメトリオは右手で首が落とされる仕草をしてみせた。


「陛下にこうされちまうんでさ。どっちを選んでもぬなら、クロエ様を運命を共にしやす」


「ちょっと、冗談言わないで!」


 クロエに真面目な顔で叱責されたことに驚きつつ、デメトリオは「冗談っすよ」と呟いた。そして、


「陛下は『愛する可愛い娘を無事に送り届けろ』としか言われてやせん。その後のことは何も命じられてやせんから、あっしは好きにさせていただきやす!」


と軽妙な語りに相当な覚悟を交えて宣言した。


 クロエはもう彼にあれこれ言わず、


「なら誓って。一人でも多くの人を救うために戦うって」


と告げる。対するデメトリオは彼女の手を取ると、


「クロエ様、喜んでそうしやしょう」


と言って、手の甲に口づけをしたのだった。

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