返答

 グラエキアの使節が、物々しい雰囲気で謁見の間に入って来た。本人と周りに八人の護衛――右手に刃の付いた棍棒を持つ男を伴って。


「おい、あんたらに手を出すつもりはねえよ」


 ミュリナがそう告げても彼らは警戒を解かない。前の訪問で同じ光景を見ているが、やはり彼女には不気味に感じられた。それがグラエキアのやり方だと知っていてもだ。


「執政官殿は『此度の訪問で返事を持ち帰ってこい』との仰せです。陛下の返事は如何ですかな?」


 そう言って使節はミュリナの前に近づき、両手を突き出す。


 右手には幅広の剣を。これは開戦を意味した。


 左手には開いたままの手を。こちらは和睦を意味した。


 返事はそのどちらかしかない。使節はそう示唆しさしているのだ。


 ミュリナ女王は返事に窮した。どちらも取りたくなかったからだ。


 開戦となれば、グラエキアは大軍でこちらを包囲するのは確実でそこにメートーの男共もこぞって加わるだろうことは予測できた。下手すれば数千の兵力が攻めてきかねない。


 対する我が方の戦力はといえば、三〇〇の精鋭――彼女らは最後までテイテュス女王に忠誠を誓い、女王の失踪後もミュトゥムの防備を果たした強者つわものたち――くらいしか手元にない。


 そこにイラクリスからの海賊も足しても兵数ではけたが足らないだろう。おまけにミュトゥムに残された海賊船も僅か。勝機が見いだせそうになかった。


 では、握手をすればどうなるか。この選択も一時しのぎでしかないことをミュリナは分かっていた。和睦という建前の屈服でしかなく、何より普段は西に関心を持たないグラエキアが、今回はわざわざ使節を送り出したところに本気度が窺える。


 我々を放っておくはずがない。必ずや滅ぼしにかかる。穢れた女王の末裔を生かす選択などありはしない、とミュリナは確信していた。


「どうされましたか? 選ぶまで我々は帰りませんよ」


 催促さいそくするグラエキアの使節。動かぬ女王。すると、


「なら、こっちを取ります!」


 ダフニス王子が使節の持つ剣を奪ってしまった。あまりの出来事に判断が遅れた護衛たち。使節は彼らの不手際を目で注意しつつ、女王に噛みついた。


「陛下の弟君は無作法者のようですな!」


 売り言葉に買い言葉。今度はミュリナが護衛の鈍さを突っつく。


「あんたの連れて来た護衛はどうやら木偶でくの坊みたいだ。弟の動きに一人も気づかないなんて。こりゃ、やって来る連中も大したことはなさそうだね!」


 使節の頭からは湯気が出そうだった。もしダフニスがふところに短刀でも隠していれば、今頃自分は血を吹いて倒れていただろう。そう思うと、彼は周りの護衛たちの腑抜ふぬけっぷりが許せなかった。事実、ある護衛を睨みつけるとその男は平然とあくびをしていた。


「ほうら、これが答えだ! うちらが女の集まりだからって舐めんじゃねえよ!」


 女王はダフニスの行動を注意するどころか、自国の選択として通してしまった。仕出かしたことは変えられないし、どっちみち破滅が待っている。だったら、戦う選択に賭けるしかないと腹をくくったのだ。


「そうか。なら、お前の答えは一言一句漏らさず執政官殿にお伝えしよう。今のうちにヘルメイアス様に泣いて慈悲を乞うのだな!」


「そいつは無理だ。うちらが崇拝するのはメセニエス様だけさ!」


 使節は「戯言ざれごとを」と捨て台詞を吐いて、足を踏み鳴らして謁見の間を去っていった。その背中を見送り終えたミュリアは、一息ついてから肩を落とす。そこに調教の際に見せた陽気さは微塵もなかった。


「ダフニス」


「姉さん。どのみちどちらかを選ばなきゃ、あいつらは適当な口実を設けて攻めてくるでしょう。だったら、僕たちの方から戦端を開いた方が――」


「いや、よくやってくれた」


「え?」


「腹が立ってたんだ。あのままだと、あたいが喉を搔き切ってたよ」


 ミュリナは、ある程度までは弟の行いを称賛してやった。しかし……。


「すぐにでも動員令を発して、押し寄せて来るだろうな。一体どうすりゃ――」

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