顔合わせ
白大理石で飾られたミュトゥムの王宮。その正門にクロエ一行がやってきた。
「クロエ様。体調は大丈夫っすか」
「安心して、デメトリオ。あなたたちのおかげで、いつもの元気なクロエ様になりました」
陽気に答えるクロエ。これから自分は他国の王子と婚姻を結び、イラクリスには戻れなくなる。だから、今付き従ってくれている仲間たちともお別れだ。
ならせめて、明るい姿を見せることで安心させたい。堅苦しい別れなど、クロエは望んでいなかった。
「なら、あっしらも安心っす」
ゴロツキ共の不器用な笑顔。それに年頃の乙女が
「ウッキー」
そんな時に、正門の向こう側から走って来たサルがクロエに背中から抱きついた。その場に「ひゃあっ!」と乙女の
「おい、くそザル。何してやがる!」
仲間の一人がクロエに抱きつくサルに離そうとしたが、サルは乙女から離れようとはしない。
「こいつ! こうなりゃ無理にでも――」
「やめな。あたいのサルに暴力は許さないよ」
サルの飼い主が王宮からおもむろに現れた。青染めのスカートに皮ブーツ、青銅の腕輪に、戦闘中でもないのに青銅の兜を被っている。頭の後ろで
「ミュリナ女王陛下。部下のご無礼をお許しください」
クロエが「女王」と呼んだミュリナは、そう声をかけられると「あーはっはっは!」と四周に響き渡る大笑いをしてみせた。
「あんたらは悪くないさ。こいつが勝手に抜け出したのが悪い」
ミュリナはそう言って、スケベザルに
「女王陛下。あっしらにはそれを振るわないでほしいっす」
「もちろんさ。デメトリオ。あんたは男としての分別が備わっているからね。だけど、後ろの連中はどうなんだい?」
ミュリナは
そんな時、ゴロツキ共はこう考えて慰める。
セレネからお叱りを受けるより幾分マシだ、と。
◇
王宮内には多くの給仕係がクロエ一行をもてなした。ただ、彼らの中に人間は少ない。多くがサルだった。
「ウッキー」
聞き飽きる程聞かされる鳴き声。彼らは玉座に座り、鞭を持ったままのミュリナの言いつけ通りに動いた。
あるサルは盆にカップを乗せワインを注ぐ。それを別のサルがクロエと背後の仲間に丁寧にお渡しする。
あるサルは香木を応接間に運んでくる。それを別のサルが
また別のサルはクロエを楽しませようと芸をした。お手玉投げをして見せて場を和ませようと頑張る。
「ッキー」
だが、芸をするサルはお手玉の一つを応接間の入り口付近に落としてしまう。それを拾おうと大急ぎで駆けだす。その時、
「大丈夫かい?」
偶然にもそれを拾ってくれた者がいた。金髪の長身で整った眉に白い
「はい、どうぞ」
と短く言ってから、サルの頭を優しく
「クロエさん。初めまして」
「こんにちは、ダフニス王子。遅れて申し訳ありません」
頭を下げて謝意を表すクロエに、ダフニスは慌てた。
「いえ、僕は気にしてません。ここまで来るのは大変だったでしょう? イラクリスからは遠いし――」
「あんたは船酔いするもんね」
あっけらかんと言ったミュリナ。左手に侍るサルから出された酒杯に口をつけながら、彼女は続ける。
「ごめんね、無理させちゃって。でも、こっちにも込み入った事情があるもんでさ」
「承知しております。女王陛下」
込み入った事情とはミュトゥム王国の後継者問題を指す。
建国の経緯及び反乱計画実行中に生じた事態、そして格言からも分かるように、ミュトゥムには男の居場所があまりない。裏切り者扱いされた彼らは同国を去り東にメートーを建国し、そちらに集住したまま現在に至る。
これはミュトゥムの王族にとっては大問題だった。後継者を作りづらいのだ。
他国から王族の男性を招こうにも「テイテュス女王の協力者」という事実が婚姻を妨げた。そこで唯一の救いとなるのが「テイテュス女王の流刑地」という共通点を持つイラクリス。
要するに、クロエに期待されたのはミュトゥムの後継者を生むことだった。唯一の王族男性であるダフニスとの間に、だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます