勝者と敗者の会合

 海戦後、ラコニキアのポルス港は賑やかになった。


 勝手に出撃したセレネの海賊団が、数時間後に国交を樹立していないグラエキア共和国の兵士を捕虜として連れて来たのだ。


 アイギス王は頭を抱える。捕虜をどう処遇したらよいものかと。


「ひとまず、奴らを拘留こうりゅうしておこう」


 王の従者がその旨を記した書簡を受け取り、捕虜の置かれた港の外国人居留区域へとひとっ走り。彼らに王の言葉を伝えると、


「感謝する」


とパウルスが答えた。心中で「意外だな」と感じていたのは、生き残った兵士らと議員複数名。彼らは海賊への偏見から恐ろしい妄想に取り付かれる。


(どうして、海賊どもが私たちを生かしたのだろう? もしかして、広場に連れて行き、そこでむごたたらしく……)


 そんな彼らの心中を察したのか、パウルスが恐怖を取り除いてやった。


「もし我々を殺すなら、ここに来てすぐに処刑場に連行されているだろう。だが、そうはならなかった。どうやら、我々はまだヘルメイアス様に呼ばれていないようだ」


 徴兵された兵士たちには信心深い者が多く、彼らは執政官が太陽神の思し召しを述べたことに希望を見出した。まだ生きて帰れるかもしれない、と。


「執政官殿。此度の敗戦は誰の責任だと思っておるのかね」


 純朴な兵士とは対照的に、議員らはパウルスの無能を指摘した。責任転嫁を図ろうとしたのだ。仮に祖国へ戻れても、自分たちが罪に問われるのは必定ひつじょう。だったら、彼一人に押し付けた方が良いと考えが一致したらしい。


「私の責任だ。君たちは悪くない」


 議員らはパウルスの指揮に従わずに船を動かしていたから、その責任が彼ら自身にないとは言えなかったのだが……。パウルスはそれをとがめずにあくまで自分一人の責任だと言い切った。敗軍の将ではあったが、彼こそ一流の指導者と言ってよかろう。


「ああ、君」


 パウルスは立ち去ろうとする王の従者を呼び止め、こう頼み込んだ。


「会いたい人がいる。案内してくれないか」



 アイギス王が海賊団に用意した仮住まい。漆喰で壁が作られたそれはポルス市内から離れた場所にあり、その一角ですすり泣く声がした。罪の意識にさいなまれるセレネのものだ。


「あたし、どうして……あんなこと」


 薄い肌着一枚でいたから体は涼しかった。しかし、


(お前は何も悪くない。悪いのはお前に刃を向けてきた、あの紫マントの――)


「うるさい! もう話すな!」


 少女にささやくのを止めない女王。宿り主に慰めの言葉を掛け続けるも全くの無意味。


 弟イアソンと入浴した際に見せた、海賊業への嫌悪。それは疑いなくセレネの本心だった。海賊をしないと民を養うことは不可能。父アケロンは事あるごとにそう言って、自分たちの行いを正当化してきた。


 分かりたくはないが、理解せざるを得なかった。


「あと何年……あと何艘の……あと何人の命を奪えばいいのさ」


 父が海に出られなくなり三年。セレネの心には多くの者の最期――恐怖に顔を歪ませ、足に力が入らぬ姿が写真のように焼き付いている。多感な時期に複雑な事情があるとはいえ、人を殺して奪う仕事をこなしてきたのだ。ふたをしていた気持ちが表出する。


「どうしてあたしがこんなことを、しなきゃいけないのさ」


(それがお前の運命だからさ)


「もういい加減にしろ!」


 部屋の片隅にうずくまり壁を見つめていたセレネだったが、ふと視界にある男の姿が目に入る。長髪に茶色い肌。海の男に見られる特徴を持つ彼は、セレネを興奮させないようにゆっくりと歩み寄る。


「お嬢さん、こんにちは」


 セレネに目線を合わせて話しかけたのは、捕虜となったパウルス。一体、何の目的があって彼女に会いに来たのだろうか。

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