乙女と老将の炎舞

 甲板上での二人の戦いを、周りの者は傍観ぼうかんしていた。介入は不可能。首を突っ込めば、首が吹っ飛びかねない。そう思わせる程の強力な殺気が放たれていた。


「執政官殿!」


 パウルスの幕僚たちは彼に助太刀したかった。だが、対する相手の奇怪な姿に気圧けおされ、足がなまりのように重くなり、半歩も先に進めなかった。


「姉御! 無茶はせんでくれ!」


 海賊たちはセレネに力のセーブを求めた。彼らの中にはセレネの熱くなりやすい性格を知る者もおり、それが元で負傷してほしくなかったのだ。しかし、自分たちの首領が死ぬだろうことはないとも思っていた。


 パウルスの実力を目撃するまでは。


「部下に命じろ。武器を捨てろって!」


「私を殺そうとしている君が、何を言う!」


 セレネが両手をムカデに変え、先端の鋭い牙がパウルス目掛けて進む。対するパウルスはそれをサーベルでいなし、今度は彼がセレネの胸に刺突で返す。左手で切先を反らすセレネ。


「君の魔法はなかなかのものだな」


「魔法じゃない! 呪いだ!」


 パウルスの発言がセレネの逆鱗に触れる。自分の力を「魔法」に例えられるのは、彼女にとってたまったものではなかった。


 セレネは眼前の老将パウルスへの攻撃を緩めなかったが、その一つ一つが緩慢になっていく。それを見逃さぬパウルス。


「君を殺したくはないのだが……。仕方あるまい!」


 刹那。パウルスのサーベルが赤く赤熱し、その後に自然発火した。さながら炎のつるぎ。それを目撃した海兵らには、それが希望の光に思えてくる。


 一部の者しか使えない魔法。それをパウルスも行使できたのだ。


「容赦はしない!」


 パウルスはこれまで手加減していた。対戦相手のセレネは自身の娘と同年代の少女。彼は議員であり高貴な血筋の貴族だ。子供や女性の血で体を染めたくはなかった。


 だが、セレネが常人離れした力の持ち主ならそうもいかない。


 少女ではあるが一人前の戦士。共和国軍の男で、パウルスだけが彼女に敬意を払っていただろう。


(おい、死ぬぞ!)


 くるぶし、手首、首筋に胴へと繰り出される死の一閃。


 セレネにのみ聞こえるテイテュス女王の声が、宿り主の彼女に警告する。女王ですら生命の危機を感じさせるレベルの猛攻だった。


「がはっ!」


 セレネの左脇腹をかすめるサーベル。切先が彼女の肌を裂き、胸当てとその下の白チュニックが赤く染まる。裂傷れっしょう部分を抑えるセレネ。


変化へんげできるのは手足だけのようだな」


 パウルスはセレネの能力の弱点を見抜くと、今度は胴体を中心に致命傷を与えんと突きを繰り出す。痛みに耐えながら回避するセレネ。体力の消耗しょうもうは彼女の方が激しかった。


(体を動かせ!)


「精一杯やってる!」


 突きをかわしながら、心の声に応答するセレネ。


「一体誰と話している!」


 それが大きな隙を生み、パウルスがセレネの首目掛けて一突き。


「やばい!」


 体をのけぞらせるセレネ。それが功を奏し、彼女本人は致命傷を負わずに済んだ。しかし、その後が問題だった。


 パウルスの一撃はセレネの首飾りを断ち切り、それに括られていた指輪を上空に飛ばしてしまったのだ。


 セレネは走った、指輪の落下地点へ。無意識に。指輪に導かれるがままに。


 そして、指輪は勢いよく彼女の左手薬指にまる。その際に膝に擦り傷をつくるセレネ。痛いはずだがそんな様子を見せない。


 痛みよりも煮えたぎる熱さの方が深刻だったのだ。


「なっ……」


 さすがのパウルスも直視できなかった。


 セレネの背後に見えたのだ。テイテュス女王の幻影が。


 人の背丈を遥かに超えた大きさのそれは青白い炎をまとい、船の甲板さえ発火させていた。


「ありえん……」


 魔法を使えるパウルスさえ驚嘆させる現象。だが、彼はすぐにサーベルを横に構え、セレネの斬撃を反らさざるを得なかった。


 セレネが「ムカデの腕」を振るうだけで青白い衝撃波が生まれ、パウルスがそれを受け流す。すると、彼女の創り出した斬撃は木造船を燃やしていく。甲板下にいた奴隷たちが手に付けられた鎖を外そうともがく声が、甲板上の二人にも聞こえてくる。幕僚も大急ぎで船を捨て、仲間の船へと泳いで渡る有様だった。


「姉御、止めてくれ。俺たちも死んじまう!」


 衝角攻撃をした海賊船は共和国軍の船から離れていない。このままでは全船が燃やし尽くされるだろう。海賊たちはセレネに自制を促す。だが、


「さあ、決着を付けよう。呪いと魔法。どちらが強いのか」


 セレネは指輪が放つ熱により、正気を失いつつあった。あるのは「目の前の敵に毒牙を刺す」ということだけ。仲間の声さえも小鳥のさえずりにしか感じられなかった。

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