一人で行う作戦会議

 ラコニキア南端の岬で、セレネは東の眼下にいる敵を見据える。


「赤い帆に獅子。ありゃ、グラエキアの船だ」


 グラエキアの船は総勢三〇艘で悠々とイラクリスの北側を進み、間もなく「女王の海域」に差し掛かるところだった。


 ラコニキアの沿岸部を伝いながら「次のルートはどこだろうか」とセレネは一抹の不安を感じた。


(イラクリスじゃないだろうな)


 例の襲撃の際、セレネ率いる船団は商船と一艘のガレー船を逃している。もしかしたら、指輪だけ奪って逃がしてやった商船が告げ口したことで報復に来た可能性もありうる。


 ならば、あの時に全ての船を沈めておけば良かったのでは? そう思われる読者もいるだろうが、その真意はすぐに明らかとなる。



 岬から男が離れ、ポルスの港へと足早に向かった。それを見送りながら策を練るセレネ。


「さて、相手は多数。こちらは少数。おまけに視界は良好ときた」


 海賊に不利な条件が揃っていた。敵船三〇艘に対して味方は六艘。岩礁に隠れる暇はなく、仮に隠れても陽の光がそれを露わにしてしまうから奇襲も出来そうにない。


「やっぱり――」


(上から攻めるしかない)


 夢で、酒場で、ささやいてきた声。セレネにしか聞こえぬ悪魔の、いやだった。


「話しかけてくるな!」


(あら、私はあなたの体を借りて好き放題できるのよ。あなたを完全に乗っ取って、父上や……デメトリオだったかしら。あとはあなたのお姉様に弟。彼らを――)


「黙れ!」


 岬の先端でわめくセレネ。周りに人がいたら何事か、と思われるだろう。一人で対話をしているのだから。


(あなたが聖域のムカデを食してくれて良かった。復讐の機会をうかがっていたんだもの。そこに現れたのがあなた。ああ、何というめぐりあわせ!)


「あたしはすっごく困ってるのを忘れるな」


(あら、いいじゃない。私に歯向かう者は海の藻屑もくずになれば良いの。あなたもそう思うでしょ。海賊王の娘さん?)


「ふざけるな! あたしは――好きで人の命を奪ってるわけじゃない」


 商船を見逃したのも、一艘の船を櫂だけ折ってそれ以上の攻撃を加えなかったのも、セレネにしてみれば犠牲者を減らすためで、言い換えれば心に根を張る女王へのささやかな抵抗だった。


 女王の魂は、自分に関わる者を一人残らず根絶やしにしかねない。


 呪いの件で父や姉を遠ざけたというよりは、自分に殺戮をそそのかす邪悪な魂に愛する者を奪われたくない、との考えがセレネにはあった。


(そう、まあいいわ。それで、作戦は?)


 落ち着きを取り戻すためにセレネは指輪を眺める。それは今、彼女の首に下げられた状態だ。


「ったくよ」


 溜息を吐いてから、セレネは答える。自分と同じことを思いついている声の主に苛立ちを感じながら。


「敵の視界をこちらに向けさせて、後は混乱におとしいれてやればどうにか」


 セレネは北西にあるポルスの港に手で合図を送った。「出航せよ」と。


 海流は北西から南東に、海賊船団に有利な方向に流れていた。

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