尚武の国

 ムキムキの坊主の国。


 セレネがそう例えたラコニキアは強力な王政を敷く国だ。その建国者は国を立ち上げた際に、


「俺の創り上げた規則、制度は絶対だ。従わぬ者は死刑に処す」


と勅命を出した。以後、彼の残した制度は現在に至るまで変更されていない。


「アレクサンドロス。見ろよ」


 セレネ率いる海賊たちはラコニキアの都市ポルスに足を運んだ。その道中で彼女は隣のアレクサンドロスに同市の男性を次々に指差して、


「こんなところに住みたいと思うか?」


と質問した。アレクサンドロスは困惑顔で返事をする。


「いや、ここよりイラクリスの方が何倍もましですね」


 どの男も筋骨隆々のたくましい体つきで、それを赤い緋色ひいろのマント一枚で包んでいる。つまり、上半身にはそれ以外何も着用していない。さすがに下半身は隠しているが、それもスカート一枚だけ。まるで「自分の体を見せつける」ための身なりだ。


 そこに加わる坊主という特徴。これも男なら皆が同じで例外はない。なぜか。


 それが「ラコニキアに存在すべき男」の姿と定められていたからだ。ひるがえれば、それ以外の身なりは禁止。もし、これを破ればどうなるか。


「おい、そこのお前。髪が伸びているな?」


 セレネ一行が市内を歩いていると、規則を破った男が罰せられる場面に出くわした。指摘された方の男は怯えながら、規則違反を取り締まる男――彼は右手に槍を、左手に盾を持ち、兜まで被っていた――に縋りつき、


「お許しを」


と懇願する。だが、


「規則を破る者など、この国にはいらぬ!」


と武装した男は言って、容赦なくその男の胸を槍で突き刺した。幾度も血を見てきたはずの海賊たちもこれには目を覆うばかりだった。


「安心して。あたしらは外国人。この国の掟は適用されないよ」


 足をがくがくと震えさせ、今にもちびりそうなアレクサンドロスにセレネは優しく言ってやった。



 セレネ一行はラコニキアの王宮へと足を踏み入れた。


「王様の家なのに、豪華じゃないんですね」


 アレクサンドロスが王宮内の殺風景な様子に一言。王の住まいと言ったら、華美な調度品や装飾品、芸術品などが置かれていそうなものだが、この国にそれは当てはまらない。


「それが『ラコニキア』だからね」


 セレネが答えた。国名だけで分かる人には分かるし、しっかりと答えになっている。事実、後ろから付いてくる仲間たちは見慣れたもので「うんうん」と首を縦に振る。


「支配者たるもの、贅沢から最も遠い生き方を示すこと。それが王たる者の義務」


と書かれている石板を、セレネはアレクサンドロスのために読んでやった。


「俺には守れそうにないな。王になれたらすぐに贅沢したくなる」


「それが普通だよ」


 応接間の扉の左隣にあった石板を後にし、セレネ一行は謁見の間へと入る。


「アイギス陛下。イラクリスから参りました。セレネです」


 デメトリオとは違い、セレネは目上の者には敬語でラコニキアの王に挨拶をした。流石に敬意を払うべき相手に無礼を働いたりはしなかった。


「海賊王の娘よ。此度こたびの来訪は予定になかったぞ。一体、どのような用向きかね?」


 抑揚のない声で側近から紙――その日のスケジュールが書かれたそれを手でなぞりつつセレネに問う男こそ、ラコニキアの王アイギス。坊主に贅肉ぜいにくを持たぬ彼は身長一九〇cmセンチメートルの大男で、セレネの背後に控える海賊たちですら畏怖させる偉丈夫だった。


「砂嵐がひどくて。やむを得ず、陛下の有する港に船を泊めました」


「ふむ、砂嵐……。それはお前たちでもどうにもならんのか」


 アイギス王の返事には「海賊なら海を自由に動けるのでは?」といった憶測が含まれているが、こればかりはどうしようもない。彼は、というよりラコニキア人は海を知らない。軍船一艘すら有していない同国では、航海のノウハウなど知る由もなかった。


「ええ、こればっかりは」


「そうか、まあよい。不測の事態ならわしもそれを咎めまい。君の父上も何度か予期せぬ来航はしておったからの。君が来るのは初めてじゃが」


 そう言ってアイギス王は、紙に一筆書いてそれをセレネに持たせた。そこには、


「余が市内での行動を許す故、決して彼らの邪魔をしないように」


との旨が記載されていた。

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