舞い込む幸運

「大変です!」


 騒がしい議会に触れ役が姿を見せた。予期せぬ訪問者に驚く議員たち。だが、すぐにその場を適切な――エリートの集まる会場に変えると、


「緊急の報告かね?」


とコーネリアス執政官が彼に尋ねた。息を切らせつつ、触れ役が告げる。


「レス島で争いが起こったようで……。避難民が港に到着し、保護を求めております」


 コーネリアスは「上手く利用しよう」と企み、


「それは執政官たる私が対処せねば。案内を頼む。困った者をほおっておくことは出来ない」


と触れ役に先導を命じた。コーネリアスの素早い行動に、パウルス以外の者はついていけなかった。いや、いきたくなかったのだ。無理もない。


 穢れた海の民とは、出来る限り近づきたくなかったのだから。


 グラエキア共和国は海に面しているが、基本的には陸地に住まう人々で構成されている。同国の書物に記載されているように、海の民と交流など持ちたくなかった。もちろん、コーネリアスも同じ心持ちのはず。


(どうして、奴は海への進出にこだわる? 何か訳があるのか……)


 コーネリアスを追いながら、パウルスは思案する。海を嫌う我々がなぜ海洋進出に躍起やっきとなるのか、と。何かを求めているのではないか。


 祖国の繁栄か。人々からのさらなる支持か。それとも、後世の歴史に名を刻みたいのか。パウルスの見立てはこうだった。そして、全て当たっていた。それを叶えるための品を、コーネリアスは求めていたのだ。


 ルビーの指輪。現在セレネの手元にあるそれは、本来コーネリアスの手に渡るはずの物だった。



「指輪を嵌めたものには太陽神ヘルメイアスの加護が与えられん」


 共和国の神話にある一節だ。これをコーネリアスは、


「太陽神の力を宿すことが出来る」


と解釈した。自説の補強を図るため、彼は都の太陽神に仕える巫女のもとを訪ね、事前に伺いを立てた。


「指輪は存在するのか。また、それをめるとどうなるのか」


 神託はこうだった。


「場所は分からぬが存在はする。そして、それを嵌めるものは王となれるだろう」


 コーネリアスは神託を信じた。そして大いなる野望のために指輪を求めた。


 自身がグラエキアの王として君臨するために。


 そして、かつて存在した王政の復活を成し遂げるために。


 さらに一つ。これが最も叶えたいことだった。


 ために。


 コーネリアスは追放された王族の血を引いており、祖先は追放こそ免れたものの財産没収と貴族身分の剥奪はくだつを余儀なくされていた。彼はこれを恥に思っており、いずれはイラクリス征伐も考えていた。そのような時に起こったレス島の騒乱。


(これを利用しない手はない!)


 執政官就任の矢先に幸先の良い知らせ。コーネリアスはまるで、「自分の野望を遂げるために、ヘルメイアス様がお膳立てをなさった」と受け取ったようだ。


「ああ、何とむごいことを!」


 コーネリアスは避難民を抱き寄せて憐憫れんびんの情をもよおしているように演出する。そして間髪入れず、


「レス島に軍を派遣して、彼らに報いを受けさせねばならない!」


と声高に宣言。これを見ていた市民の激情をかき立てることに成功した。


(避難民を利用するとは!)


 憤懣ふんまんやるかたなかったのはパウルスだ。しかし、こうなってはどうしようもなかった。



 こうして舞台は整えられた。


 西側に住む連中を支配下に置くことで自身の権威を底上げし、指輪を嵌めて王となる。


 コーネリアスの目的を達成するために決議された海軍派遣は、難なく元老院を通過した。


 彼に付き合わされる形のパウルスにとっては災難でしかなかった。執政官の職務には、軍団の総指揮権もあったのだから。

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