論戦

「執政官殿。私は反対だ」


 反コーネリアス派の議員が口火を切った。思わぬ横やりに不快感を示すコーネリアス。


「どうしてかね?」


「その提案は、あなたへの矛先反らしが目的に思われるからだ」


「何を言っているか、皆目見当が――」


「最近、賄賂を受け取った者がいたとか。何でしたかな。あなたの御子息殿の醜聞潰しのために、だとか聞きましたよ」


 コーネリアスは動揺する。一体どこからその情報が漏れたのかと。どうやら議員の指摘は誤りではなかったらしい。


 彼にはルキウスという息子がいたが、この男は絵に描いたような馬鹿息子で、夜な夜な市内を悪仲間と練り歩き、酔っぱらいながら乱闘沙汰を繰り返していた。のみならず真昼間から好みの女性に目を付けて、それが人妻だろうとお構いなく手を出し――要は行為に及ぼうとするのだった。父コーネリアスにとっても悩みの種だった。


 そんな息子の不始末を父はどう処理したか。


 答えは簡単。銀貨たっぷりの小包こづつみだ。支払った額は本人もはっきりと憶えていない。少額でないことは確かだ。


 議員の中には年頃の娘を持つ者がいたし、彼の息子の毒牙にかかりそうになったと報告を受けた者もいた。当然、コーネリアスは同僚の彼らにも袖の下を渡したわけで……なら、受け取った方にも問題がありそうだが、


「脅されて受け取ったのだ。仕方がなかった」


 彼らは民衆に訴えられればそう弁解するつもりだった。エリート達の腐敗ぶりが垣間見えよう。ただし、例外はいた。


「コーネリアス殿。同僚執政官として、一言良いかな」


 パウルスだ。彼は民衆からの支持こそ低かったが、それは地味で目立たぬように動く男だったからだ。彼は独り身で慎まやかな生活――この点は派手好きで毎夜うたげを催すような性質たちのコーネリアスとは対照的だった――を送り、誰からも賄賂も受け取らなかった。清廉潔白な生き方は、市内の老年層から見えない支持を受けていた。


 パウルスが執政官に選ばれたのは、コーネリアスのブレーキ役を期待されたのもある。実際、彼は就任早々にその役目を果たそうとした。


「今、我が国は東に拡大している最中だ。このような状況下で、西にも拡大など容認できないな」


 この時点でグラエキア共和国は東に領土を拡大中だった。植民地の経営や破壊された都市の復興も進めていかねばならない中で、同時並行で西に、つまり海洋進出も進めようなどとは無茶な話だとパウルスは主張した。


「弱腰な! 本当は戦いが怖いのではないか」


「それはない。貴殿はどうなのかね?」


「私は言うまでもないさ。執政官たる者、前線で市民を導かねばならないからな。恐れなどない」


 この問答の最中、ある議員がコーネリアスをこうなじった。


「黙れ、薄毛のリンゴ顔!」


 それはコネーリアスの特徴的な容姿を罵倒したもの。リンゴ顔とは赤ら顔を指していた。コーネリアスは激高して叫ぶ。


「では、お前はこのロン毛の茶色肌を支持するのか! この、海に生きているかのような男を!」


 彼も同じく、パウルスの容姿を示しつつ罵倒で返した。


 それが議員の騒乱に火を付けた。議員らは席を立ち、両執政官の派閥争いが流血沙汰に発展してしまった。

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