東の大国

 イラクリスから北東に六〇〇kmキロメートル。沿岸部に都市があった。名はグラエキアで、国名はグラエキア共和国。


 その日、元老院で選挙が行われていた。


 執政官。それは同共和国の最高権力者にして、政治と軍事を取り仕切る行政官だ。三〇〇名の議員は一度はこれを経験したいと願う。定員は二名で任期は一年だが、就任中は強力な権限を行使できる、いわば「期限付きの王」だからだ。


「静かに!」


「開票結果が発表されるぞ!」


 有権者の市民が静粛を求める。すると選挙管理人が演壇に登り、紙を広げ、半円形の聴衆スペースに集まった市民に告げた。


「今年度の執政官は、コーネリアス殿とパウルス殿に決定した!」


 両執政官が登壇し手を振ると、市民は万雷の拍手。


「コーネリアス万歳!」


「我らの指導者、コーネリアス!」


 だが、彼らの発言からして支持を集めていたのはコーネリアスの方らしい。それを遠くから苦々しく眺める議員が数名。


「あの男の支配が早く終わるのを願うしかなかろう」


「どうせ一年だけ。邪魔してやろうじゃないか」


 どうやら、コーネリアスという男は同僚議員からは嫌われているらしかった。



 執政官選出後すぐに元老院が招集された。コーネリアスの主導によるものだ。


「議員諸君。我々にある情報がもたらされた」


 そう言って彼はある男を呼び出した。手をもみながら議会場に現れたのは商人。


「話せ」


 コーネリアスに促された商人はゆっくりと語り出した。


「私の船が護の船四艘と共に海峡を通っていたときのことでした」


 以降、彼は三〇〇人の議員の前で自身の体験――セレネ率いる船団の襲撃について話した。議場がどよめく。


「なんということだ!」


「あの『女王の海域』でか!」


 元老院議員はエリート集団だ。自国の歴史にも精通している。彼らは思いだしたのだ。のことを。


「静まれい!」


 コーネリアスが議席に座る同胞に静粛を命じる。その後は彼が話を続けた。


「あの海域で我が軍の船が三艘も沈められ、残る一艘も櫂を折られてどうにか帰還したのだ。さあ、我々はどうするのが正しいだろう? 海のならず者に罰を与えるか。それとも、奴等に自由を許し、我が国家の一大事業を諦めるか」


 コーネリアスの言う一大事業とは、都グラエキアの大規模工事のこと。人口増加により生じた交通及び水の供給問題を解決するため、大量の石材を用いた街道と水道を建設中だったのだ。それを遥か遠方にある国カタナーから輸入していた。ところが、そのカタナーからグラエキアに向かう途上に「女王の海域」がある。


 それ以外だとナクサス島の南側を迂回するルートがあるものの、砂漠から吹き付ける風にあおられるために航行には不向きだ。よって、このルートは論外だった。


 コーネリアスの問いかけはこの前提から導かれたものだ。議員たちも同じ認識だった。


 彼らは選ばねばならなかった。


 祖国発展のため、気の進まぬ海賊討伐をするか。それとも、海賊の闊歩を許して、祖国の拡大を諦めるか。


 決定はすぐになされた。


「海賊に死を!」


「女王の末裔どもに鉄槌をくだそう!」


 コーネリアスは「思い通りにいった」と心中で喜びつつ、執政官の名で提案する。


「海軍を編成し、海に巣食う賊を討伐しようじゃないか!」



 冷静さを失い血を求める議員たち。彼らの熱気は議場外の市民にも伝播でんぱし、多くの者が戦争を望みつつあった。


 同僚執政官のパウルスと反コーネリアス派を除いては。彼らにはコーネリアスの魂胆こんたんが分かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る