呪われた子

「どうして……」


 セレネは苛立ちを隠さない。血縁のある父さえも、ここでは部外者だと言いたそうだった。


「王宮に戻ってろよ!」


「セレネ、落ち着いて。そんなことをお父様に言ってはダメ」


「姉貴は黙ってて!」


 クロエの言葉も妹には届かない。それどころか、セレネは非難の矛先をセレネに変えて責め立てた。


「本当は良かったって思ってんだろ。『私が呪いを受けなくって』ってさ!」


「そんなことないわ。代わってあげたいくらいよ」


「嘘だ!」


 セレネは心の扉を閉め、自己の思いを吐露とろするだけだった。


「セレネ、私の言葉を聞きなさい」


「嫌だ!」


 アケロンの言葉も娘には届きそうになかった。


「来るな、クソ親父。殺してやるぞ!」


 セレネは両腕をムカデの形に変形させ、父を威嚇いかくする。物理的にも精神的にも、彼女はアケロンを遠ざけようとする。しかし、


コンッ、コンッ、コンッ。


 アケロンは満足に動かせない右足の方をクロエに支えてもらいながら、娘へと近づいていく。恐怖を見せず、笑顔を作りながら。


「く、来るな」


 声が弱くなるセレネ。


 本当は父を傷つけたくはない。見かけだけの脅しと分かる瞬間。そのまま父の右手にいるクロエが、妹の手に触れて言った。


「やめなさい。本当はお父様が悪くないって、あなたも思っているはずよ」


 姉の厳しい口調が乾いた風に乗って、セレネの胸を突いた。それがかたくなな心にひびを入れ、彼女はぼろぼろと涙する。


「でも……こんなのってあんまりだよお……」


 セレネは二人に抱きつき、悲しみを共有した。


 クロエは「なぜ、自分が妹の代わりになれないのか」と嘆いた。


 アケロンは一八年前の、そして三年前の出来事を思いだした。



 一八年前。アケロン王は妻との間に双子を生んだ。クロエとセレネだ。さぞかし王宮は歓声に包まれ……はしなかった。


 二人は「呪われている」と断定された。双子は忌むべき存在とされてきたからだ。


 イラクリスの神官は、若きアケロン王に迫った。


 姉妹のどちらかを聖域で殺せ。そうしないとイラクリスに不幸をもたらす女王が君臨するだろう、と。


「どうすればよいのだ……」


 アケロンは迷った。二人とも生かしたかったからだ。生まれたばかりの我が子の命を奪いたくはない。だが、神官は遠慮しなかった。


「これを口に入れなさい。子は苦しまずに逝くでしょう」


 アケロンに手渡されたのは、島のそこらじゅうでい回る猛毒のムカデ。同島が「呪われた島」と呼ばれる所以ゆえんとなった生物だ。


『ムカデはナクサス島の支配者。何人なんぴとも島を訪れるべからず』


 大昔のナクサス島に人は住んでいなかった。いや、住める場所ではなかった。生い茂る木々のどこに潜むか分からないムカデが、定住をさまたげたのだ。


 噛まれれば助かるすべはない。


 そんな生き物を娘に食わせるなど拷問ごうもんでしかない。アケロンに出来るはずもなかった。神官は彼の態度に苛立ち、


「なら、私がやりましょう」


と言うと、双子姉妹の前にムカデを見せた。興味を持たせ、食べさせようとしたのだ。すると、


「だあ」


と声をあげたセレネが、それを口元に寄せていった。そしてそのまま頭から丸呑みしてしまう。


「ああ、すまない! 娘よ」


 アケロンは泣くことしか出来なかった。すぐに娘との別れが起こるであろうことを悲しんだ。


 しかし、予想に反してセレネはケロリとしていた。毒が回っているようには見えない。驚く神官。赤子の彼女を見て腰を抜かす。


「なんということだ。だ」


 神官はセレネを殺すことを拒んだ。テイテュス女王が建立した聖域のムカデを体内に宿したということは、女王の魂を取り込んだも同じ。女王殺しは不可能と考えたのだ。


 何を口にしたのかも分からず、姉クロエと笑いあうセレネ。神官は走って逃げていったが、アケロンは二人を暖かく抱きかかえて言った。


「私はお前たちを見捨てたりはしない」


 冷たい風が吹く夜に、赤子は無邪気に笑い、父は泣いた。



 それから一五年。双子はすくすくと育った。アケロンは海賊行為で国に富みをもたらし、それを知己ちきであるデメトリオたちと山分けした。


 ろくな資源のないナクサス島に産業はない。できることは他国から奪うこと。それがイラクリスの伝統とされた。


 しかし、アケロンは船出が出来ない体になってしまう。海戦で足を負傷したのだ。右足が不自由となり、そこに悲しい出来事が続いた。


「お父様、セレネが!」


 クロエが妹の異変に気付き、父に報告。何事かと思い、私室に連れて来るよう促す。そして、目撃した。 


 を。


(もう、隠してはおけないな)


 アケロンは二人の娘に真相を語った。一五歳の、多感な乙女には辛い事実だった。

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